ファビアン・ブール: 純粋なスタイルの追求

ROCK & SNOW 73 号の表紙を飾ったファビアン・ブール。それまで日本で彼のことを知る人はそれほど多くなかったのではないだろうか。ボルダリングからクライミングを始め、怪我を機に本格的にルートに取り組み、困難なトラッドルート、世界最難クラスのマルチピッチルートを再登。2016年冬の来日直前に UK で右足首を骨折したため、今回は登ることができなかったが、松葉杖で瑞牆を訪れたファビアンにその哲学を聞いた。

2016 年 12 月 19 日

Prinzip Hoffnung (E9/10, 8b+、オーストリア・ビュルス)を登るファビアン・ブール

競争から逃れて

16 才までアルペンスキーの選手でしたが、大会でのプレッシャーが大きく、スキー自体よりも競争が楽しめなくなりました。アルペン競技を離れて少し経ってから、友達に岩場へ連れて行ってもらったのをきっかけにクライミングを始めました。競うことによるストレスが無く、ただただ自然を堪能できるのが魅力でした。最初はルートクライミングでしたが、スイスにあるティチーノの素晴らしい環境に触れ、ボルダリングに集中するようになります。6年ほどボルダリングを続けましたが、足を骨折してしまい片脚でも登れるルートクライミングを再開しました。2014 年にオーストリア・ビュルスにある Prinzip Hoffnung (E9/10, 8b+) を登ったのをきっかけにトラッドクライミングの魅力に目覚め、その後困難なマルチピッチにも挑戦するようになりました。

自然との関わり方

自然の中で活動することに生きがいを感じています。涼しい春にボルダリングをし、暑い夏に山でマルチピッチを登る。冬期登攀であれば耐寒を鍛え、山に登るには有酸素運動でそれに備える。それぞれの季節、それぞれのアクティビティに応じた準備が必要で、飽きることがありません。自然に対してできるだけフェアでありたいと考えています。先日オーストリアで新しいルートを拓いたのですが、300m で中間支点として打ったボルトは4個に留めました。できるだけ自然な形でルートを拓きたいと常に考えています。

瑞牆では撮影係に専念

ミニマムボルト

ボルトをどの程度許容するかは、これまで登ってきたルートを通じて学びました。マルチピッチとしてはまずオーストリア・レーティコンにある Silbergeier (8b+/6P) を登りましたが、ここでは恐怖を感じました。続いてアレックス・フーバー初登の Nirwana (8c+/7P、オーストリア・ローファー)。ここでのボルト数は Silbergeier よりも少ないものでした。それから同じくローファーにあり、アレックス初登の Feuertaufe (8b) にも登りましたが、 グレード的には Silbergeier と近いにもかかわらず、ボルトの数はその 1/3 でした。そこで私は、ボルトの数はラインの難しさではなく、その山、岩の特性とそれに対するアプローチによって決まるのだと学びました。

ビレイステーションにはボルトを使用していますが、これはソロで登ることが多くビレイヤーがいないため、墜落時のリスクが高いこと、またナチュラルプロテクションで上下双方向に有効なアンカーを構築するのが難しいためです。

必然的なライン

昨年オーストリア・ホーアー・ゲル(山名)にある Wetterbock (8c) の冬期登攀を行いました。フリークライミングを基本としましたが、ルート上に多くの雪があり、ホールドの雪をブラシで払いながら登ることを求められました。場所によっては水平に 20m のランナウトがあり、ホールドには雪が乗っているため、雪を払っては戻り、雪を払っては戻りの繰り返しでした。これが核心の1つでしたが、恐怖は感じませんでした。ただ落ちられないという意識は強く、かなり集中していたと思います。雪があるため、次のボルトがどこにあるのかわかりませんが、どこが行けてどこが行けないかを見極め、必然的なラインを見出すことはできます。初登者も同じ挑戦をしてきたのですから。次のアンカーが見えず、1時間以上もランナウトしながら行ったり来たりしていると不安になりますが、「ビレイステーションはあそこにあるはずだ」というのはわかります。ルートを拓いたアレックスはノーハンドレストできる場所のみをビレイステーションとするからです。

またボルトをできるだけ使わないようにすると、ルートは真っ直ぐではなく、曲がりくねったものになります。真っ直ぐなラインを引こうとすると、ボルトを要することが多く、再登者はそれを辿ることになります。ボルトを少なくすれば、クライマーはラインを見極める必要があります。そのため、本当に必要だと思われる箇所にのみ、ボルトを設置します。

Nirwana (8c+/7P、オーストリア・ローファー)

ソロ × レッドポイント

エイドクライミングにおけるソロであれば話は単純ですが、ソロでレッドポイントするスタイルとなると話は別です。まず完全に信頼できるビレイシステムを構築した上で、事に当たる必要があります。このシステムにおける最大の問題はロープドラッグです。そのために必要なことを自ら学び、多くの時間を費やしました。今ではソロシステムへの余計なストレスが無くなり、夏のマルチピッチは単純に肉体的なチャレンジとなりました。このスタイルを採用するクライマーは少なく、私が知る限りアレックス・フーバーくらいです。しかし、彼は主にルート開拓にのみこの方法を用いるため、「ソロ x レッドポイント」は自分だけのスタイルであると感じています。

ソロで孤独を感じないかと聞かれることもありますが、それはありません。Wetterbock (8c) の冬期登攀ではなすべきことが多く、4日間毎朝4時に起きて、22 時までずっとクライミングや必要な作業をしていたので、孤独について考える時間などありませんでした。ソロクライミングの良いところは、不満が出ないことです。スポーツクライミングでパートナーと登っていると、「ホールドが滑る」「疲れてきた」等と愚痴を言います。しかし、私の行為に興味を持つ人が半径 5km 圏内に誰もいない状況では、全てに自分で対処するほかありません。困難なこともありますが、決して不満は口にしません。

ナランホ・デ・ブルネスでアレックス・フーバーと

アレックス・フーバー

アレックスとは、彼のスライドショーで出会いました。彼のルートを幾つか再登した後です。その後、一緒にモロッコへ遠征に行くことになり、続いてナランホ・デ・ブルネスにある Sueños de Invierno (8a) にトライしました。33 年前に 69 日間かけ、ボルトを可能な限り排除した形で開拓されたエイドルートです。我々はグラウンドアップ、追加のボルトは打たない等のルールを課したため時間を要し、私がリードした A5 のピッチには5時間半も費やしましたが、その間アレックスは黙ってビレイしてくれました。また傾斜の強い石灰岩でカムやナッツはほとんど使用できず、スカイフックを多用したのですが、動かないようにスリングで延長したり、フックを長いコードと連結して下からプーリーで引っ張って固定したり、様々な工夫が求められました。

アレックス・フーバーのことは全面的に信頼しています。我々は壁の中でほとんど話しません。戦略を検討する上で必要な時は議論しますが、お互いに同じように登ることがわかっているので、あまり話す必要が無いのです。このようなルートは、パートナーを 100% 信用できないと難しいでしょう。本気のときはアレックスと登ることを選びます。それと、彼といると不満は出ません。真剣すぎるのです。

今後の目標

ボルダリング、スポーツクライミングも続けていきますが、年齢を重ねるにつれてアルパインクライミングや高所にシフトしていきたいと考えています。ヒマラヤに新しいルートを拓くのが夢です。そのためにランニング等の有酸素運動をトレーニングに取り入れています。

直近では日本に戻ってくる予定もあります。日本は人がとても親切で、食事が美味しく、文化、自然との関わり方にも好感が持てます。とても美しい国です。今回は全く登れなかったので、次回は瑞牆のボルダーやトラッドルートも登れたらいいですね。来年の秋にはきっと戻ってきます。

プロフィール

Fabian Buhl
1990年11月2日生まれ
ドイツ、オーバーシュタウフェン在住

ボルダー:
2012年 Oliphants Dawn (8b+)、ロックランズ
2012年 Golden Shadow (8b+)、ロックランズ
2012年 New Baseline (8b+)、マジックウッド
2013年 Dreamtime (8c)、クレッシャーノ
2014年 Power of Lindor (8b+)、アルゴイ

トラッド:
2014年 Prinzip Hoffnung (E9/10, 8b+)、ビュルス
2015年 Psychogramm (8b+)、ビュルス

マルチピッチ:
2014年 Silbergeier (8b+/6P)、レーティコン
2014年 Nirwana (8c+/7P)、ローファー
2016年 Wetterbock (8c) 冬期登攀(その後夏期にレッドポイント)、ホーアー・ゲル
2016年 Sueños de Invierno (8a) 540m、ナランホ・デ・ブルネス