アスリートの装備 – 野口啓代

世界トップクラスのアスリートとしてワールドカップで好成績を収めながら、時間があれば国内外の岩場に足を運ぶ。当面の目標となる東京オリンピックまで 1000 日を切り、コンペやトレーニングに追われる忙しい日々を過ごす野口啓代に、日々のトレーニングや目標、装備について話を聞いた。

2017 年 11 月 15 日8n3a8273

楽しむことがモチベーションにつながる

「楽しい」という気持ちがモチベーションにつながっているのは、クライミングを始めた当初から変わりません。それは岩場でもコンペでも同じで、どちらも場所によって全然違うし、毎日新たな発見があります。例えば、私は花崗岩の岩場が好きなのですが、コンディションが日によって大きく変わるところが面白いです。ホールドを持てている感覚、スタンスに乗れている感覚が、顕著に変わります。日によって岩の見え方が違って、最初何も無いように見えていたものが、段々凸凹に見えてきて、最後には全てのスタンスに「乗れる」と思えるほどに変わる自分の感覚。日々変化するので面白いし、飽きないですね。

今はコンペがメインでオリンピックが1つの目標ですが、元々はオリンピック自体への興味はありませんでした。実際に観戦したこともありません。ただ東京開催のオリンピックというのは、自分の人生で二度とはないことかも知れないし、スポートクライミングが初めて採用されることもあり、今は出てみたい気持ちが強いです。

競技形式は、初めてということもあってか、3種(ボルダリング、リード、スピード)混合という形が採用されています。ボルダーとリードは以前から好きで、これまでも両方の競技に出場してきましたが、スピード競技にはまだモチベーションが湧いてきません。「これはクライミングなんだろうか」という抵抗がまだ少しあって…。このあたりの反応は世代によって違う印象があります。若い子は楽しんでやっている一方、長くクライミングをやっている世代には違和感があったり。実際にやってみると面白いのですが、クライミング本来の面白さとは少し違うような。私にとっては、別のスポーツを始めるような感覚に近いです。

普段は食べたいものを食べる

普段の食事はいたって普通で、特に何も気にしていません。炭水化物とタンパク質は絶対摂るようにしています。身体が回復しないし、身体が弱くなる気がするので。こだわり過ぎるとストレスになりますし、元々量は食べないので、あまり気にする必要もありません。量で例えると、牛丼は「ミニ」しか頼んだことがないですね。体重はもう何年も変わっていません。クライミングをしっかりやってさえいれば、何を食べていても身体はそれほど変わらないですね。

トレーニングは、コンペが無ければ週に5日程度です。2日登って1日休むか、長くても3日登って1日休みます。最近はコンペがあったので、あまり登れていません。どうしても「移動、コンペ、移動」という流れになってしまうので、時間を作るのが難しいですね。最近はリードもボルダーも両方やっているので、トレーニングの場所は色々です。以前は登るだけでしたが、ここ1年くらいはトレーナーをつけて、筋トレやコンディショニングも行っています。JISS(国立スポーツ科学センター)を利用できるので、たまに行ったり、トレーナーに依頼したり。身体の左右差やバランスを整えたり、苦手な動きの強化やストレッチをしたりしています。

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この冬が最後のチャンス

最近はコンペが忙しく、岩場にはほとんど行けていなくて、行けても日帰りです。期間が一ヵ月や二ヶ月のツアーは組むのが難しくなってきていて、自分の中で葛藤を感じています。ワールドカップは元々好きで、どちらかというと自分のために出場してきましたが、今はその域を超えて、責任や結果をより意識するようになりました。

岩場では成果に対するプレッシャーは無く、ただ登っていて楽しい感じです。岩場に行くと解放されるような気がします。ビショップやスペインの岩場が好きで、どちらかというと、ボルダーよりリードのツアーが好きですね。一つのルートにかける時間が長いからでしょうか。いよいよオリンピックが近いので、遠征に行けるとしたらこの冬が最後のチャンスと思っていますが、それでも最長2週間なので…どうしようかという感じです。

やりたい課題は沢山あるのですが、最近はあまり岩場に行けていないので、印象に残っている課題はあまりないですね。去年ビショップで登った Evilution は、すごく怖かったので記憶に残った課題と言えるかもしれません。バターミルクに入って最初に目に入る課題で、グランパのボルダーで一番カッコいいと思ったラインだったので、以前から登りたいと思っていました。Mandara を登りに行った時に、下部(Eviliution to the lip)までは登っていたのですが、その時なんだかすごく中途半端な気がしたので、上まで登りたいと思ったのです。

Evilution という課題は高さが 16 m 以上あって、ハング後のスラブのパートも難しいので、上からトップロープで練習して、日が暮れてからトライしました。当時同じ岩で The Process にトライしていたダン・ベル (Dan Beall) が 20 枚くらいマットを貸してくれて、25 枚くらいのマットが横にも縦にも敷いてある状態でした。スラブを登る前にヘッドランプを投げてもらったり、ライトで照らしてもらったりして、なんとか登れました。この課題が終わった時点で「ハイボールはここまでかな」と思いました。高さに慣れてきてしまうと、むしろ危ない気がします。

目標はオリンピックと五段

岩場は、当面日帰りで瑞牆に行くくらいになりそうですが、今は五段を登りたいと思っています。絶対登れると思うし、登らないといけないと思うので。あとは狙う課題ですね。三段でも苦手なのはできませんし、四段でも得意なものならすぐに登れることもあるので、五段でもタイプが合えば登れるはずです。
オリンピックまではコンペで頑張りたいと思っています。その後のことはあまり考えていません。クライミングはやっているでしょうが、コンペにはもう出ないと思います。一生懸命やっていれば、その時にやりたいことが見つかるだろう、と今は考えています。

遠征に行く時の装備

装備を選ぶときに大事にしているのは、登りやすいこと、作りがしっかりしていること、手触り、あとはカラーリングです。今回はボルダー、リードの両方ができるような遠征を想定した装備を用意してみました。

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1. アンジュ フィネス・クイックドロー:軽さが気に入っています。長いスポートルートでは出だしから数クリップに使用することが多いです。

2. スピリット エクスプレス・クイックドロー:とにかくクリップしやすいので、ルートではいつも使っています。スリングが持ちやすいので、テンションをかけたり、セルフを取ったりもしやすいので、核心部はこれです。

3. ボルタ 9.2 mm ロープ:ペツルのロープはしなやかで使いやすいです。スペインの岩場等、ルートが長いときは 100m のものを使用しています。

4. セレナ・ハーネス:厚みと太さが気に入っていて、フィット感が良く、安心感があります。色も好きで、岩でもコンペでも愛用しています。

5. フォームローラー:大きいものは身体、小さいものは足裏用にストレッチやクライミング後のケアに使います。コンペも含め遠征中は常に持ち運びます。

6. ゴムチューブ:ウォーミングアップ用。指、肩、膝に使います。

7. シロ・クラッシュパッド:ペツルのマットは表面が汚れても中のマットがへたらないので、長く使えます。国内ではほとんどアルト、ビショップは高さがあったので、シロを使いました。ニンボ(サブパッド)は、マットとマットの間、出だし、地面が近くて足を擦ってしまうような箇所、長いルーフ課題で落ちそうにない箇所等で使います。

8. サカ・チョークバック:中のふわふわな素材が好きです。一回でチョークアップできないといけないので、チョーク(パワークランチ)の量は多め。パワーボールと厚目のタオルを切れ端にして入れています。手はぬめりにくいので、登り終わっても手にチョークが残っていることが多いです。

9. グリグリ+・ビレイデバイス:正直、最近はコンペで忙しくてまだ使えていません…。今までグリグリ2を使ってきたので、違いが気になります。カラビナはフレイノをずっと使っています。ロワーダウンの時にブレーキオプションが使いやすいのが気に入っています。

10. パワーリキッド・液体チョーク:乾いた状態が持続するのが良いですね。

11. 双眼鏡:10年くらい使っているものです。大きいけど、その分明るくて見やすいです。岩場、コンペ、ジムでも使うのでロープバッグと一緒に入れてあります。

12. スポルティバ・ クライミングシューズ:リードにソリューション、今年からボルダリングにスクワマを使用しています。

13. ザ ノース フェイス・アプローチシューズ:軽くて歩きやすいです。

14. ニューハレ・テープ:不安がある部位に巻いてサポートとして使います。柄はカスタムしてもらいました。

15. タオル:登る前にシューズを拭くために使用しています。コンペでは双眼鏡、液体チョークと一緒にトートバッグに入れて持ち運んでいます。

16. FAZA・ブラシ:枝の個性が出ていて世界に1本しかないブラシです。

17. ノクティライト・ヘッドランプケース:ケースとしてもランタンとしても使えるので、キャンプに便利です。

18. アクティック コア・ヘッドランプ:遅くまで登ることがあるので、岩場に行く時は毎回持っていきます。USB ケーブルで移動中にも充電できるのが便利ですね。

19. ボルダリング用チョークバッグ:大型なものを使っています。ポケットにアロンアルフア、やすり、テーピング、爪切りの4点セットを入れています。

20. 指ケア用4点セット:アロンアルフアは指皮や爪が裂けた時に使用します。傷口が開かないようにすることで痛みが抑えられ、止血もできます。やすりは巻いてあるタイプが使いやすいのですが、なかなか売っていないのでホームセンターで見つけたら箱買いします。テーピングは指に巻くには細いのが良いですね。爪切りは、爪が欠けてしまった時に使うため常に持っています。