2019アルテリア アスリートミーティング Vol.2

昨年秋、アルテリアがサポートするクライマーが瑞牆山に集まり、ミーティングを行いました。2日間にわたって不動沢エリアでトラッドルートを登り、初日の夜にはスタッフを含めた懇親会を行いました。一部ではありますが、3回に分けてその様子をお届けします。なお、前回(Vol.1)の内容はこちらをご参照ください。

日程:2019 年 11 月7日-8日
場所:山梨県北杜市瑞牆山
メンバー
アルテリアサポートクライマー:佐藤裕介、安間佐千、奥村優
スタッフ:中島健郎(撮影)、兼岩一毅(アルテリア)、兼原慶太(アルテリア)

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ボルダリングでウォームアップ

安間佐千

佐藤:安間君はどうしてコンペをやめたの?
安間:2014 年からコンペには出てないんです。自分にとってはワールドカップで総合優勝することが夢だったんで、それが 2012 年と 2013 年に達成できたんですけど、目標とか夢って、それを成し遂げることで自分に返ってくるものがあると思うんですけど、自分が想像してたものと現実は違って、なんか淡々としてたっていうか、嬉しかったんですけどがっかりした部分もあって。
佐藤:がっかりとは?
安間:なんか、すごいヒーローになるようなイメージもあったし、でも実際そういうわけでもないんですよね。人間って極めてシンプルで頭が良く、その人のことをちゃんと見てるし。まあ、そういうところでコンペに対する情熱が徐々に落ちていくんですよね。
兼岩:でも、ワールドカップとオリンピックでは一般の認知度が圧倒的に違うじゃないですか。例えば、金メダルを取ったりしたら…。
安間:賞賛されるっていうことを求める自分は既におさまっていて、「自分は人よりも勝っている」っていうところで優越感を得たいっていう気持ちも少なくなってたし、そこを自分のフィールドには感じてなかったですね。でもそのフィールドに向かって努力していく人のことを理解できるし、否定的にも見てなくて、僕はあたたかく見ているっていう感じです。
兼岩:そのきっかけが2回のワールドカップ総合優勝であったわけですね。
安間:徐々にですね。でも外でのスポートクライミングも極めてコンペティティブだなって感じてました。「コンペティターと似た志向の人が結構いるな」って感じていて、何なら自分もそういう意識が自分の中にまだしっかりとあるなって認識してたし。
兼岩:そういう意味では、アダム・オンドラが 5.15c とか d とかをやってることに対して刺激されたりとかは?
安間:そこにはあまりモチベーションないですね。後から付いてくるって感じですかね、グレードに関しては。

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クリティカルパスを登る安間佐千

兼原:モチベーションはないけど、後から付いてくる高難度の限界を超えるようなクライミングを目指している?
安間:どうでしょうね。今は自分の限界を超えるってことには向かっていない気がします。石灰岩のスポートルートだと、自分の引きたいところどこにでもラインが引けるじゃないですか。トラッドだと自分側がコントロールできる部分がほとんどなくて、受け入れる方が大きい。そこが面白くて徐々に開拓も始めてるんですけど、限界を突き詰めていくっていう意識よりは、「今この場所をどうすれば抜けていけるんだろう」っていう感じが良いかな。
兼原:コンペ時代から現在に至るまで大きくハンドルを切った印象があるけど、今後の自分についてはどう展望しているの?
安間:正直、明確にはないですね。例えばドーンウォールに向かっていきたいとかもないですし。
兼原:模索中?
安間:そうですね。模索…しているわけでもないかな。進む方向が無いことに違和感があるわけでもないんですよね。日々クライミングをめちゃくちゃ楽しみたい。
兼原:でも、日々いろんなことを考えてるんだよね。その内面を要所要所で活字にして出してるじゃない。
安間:最近は自分を表現する回数、すごく減ってます。あんまり表現できてないですよね、この1年くらいは。
兼原:少し前は内面的な思考を何度か出してたよね。
安間:そういう時期がありましたね、時期的なものですよ。20 代って変化もするし、「すごく長かったな」って思うんですよ。この話を訊かれて思い出すのは、僕の尊敬するクライマーや、社会全体に対して強く抱いていた気持ちのことです。多くの人は外向きの自分とありのままの自分がセパレートしていて、でも僕としては外向きの自分なんてどうでも良いから、「本当のその人を知りたいよ」っていう気持ちでしたね。自分自身に対しても外向きの自分を見抜いて、ありのままであることを日々選択していく中で、仕事を含め多くのことが変化していきました。自分はそんな中でもがいた時期があって、その時にそんなことがあったのかな。もう過去ですよ。
兼原:その時のことはもう自分の中で過去と言えるんだ?
安間:でも、その時表現したことで今でもそう思ってることはたくさんありますよ。今はまた違った段階に来てますけど、なんかうまく自分を表現できないけど。

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愁いの王トライを前に

「プロフェッショナル」

兼岩:プロの形にもいろいろあると思うんですけど、お金の話と切り離せないですよね。その辺は優君にも聞きたいんですけど、(進学しないというのは)結構重い決断じゃないですか。漠然とした不安があって、「みんなが行くから大学に行く」っていう保守的な選択をする人も多いわけじゃないですか。将来に対する不安とか怖さとか、クライミングをしながらの生活にどういうイメージをもってますか?
奥村:イメージか、あんまないっすね。でも自分の好きなことができて、それを評価してくれる人がいればいいですね。
兼原:いくら拍手をもらっても、お金がないと好きなことを続けられないよね。まだそこまで深くは考えてないかな。
奥村:考えてないわけじゃないですけど、お金渡す側も貰う側も責任が生まれると思うので、両方にとって良いようにしたい。都合の良いというわけじゃなくてどっちにも筋が通った、ちゃんとした意味で関係ができればいいんですけど、できなければまた別に考えるかな。
兼原:優君は今高3だよね。意地悪な聞き方すると、ご両親は家業でクライミングジムを経営されていて、その一人息子として甘えられる部分っていうのは自分自身では感じてる?
奥村:あります。結構でかいです。
兼原:そうゆう部分では恵まれてると。
奥村:恵まれてます。恵まれてるからそれを活かさないともったいない、というのもあります。
佐藤:賢い。ちゃんとそう言えるのが良いね。これは素晴らしいことだよ。ほんと意地悪な質問なんだから。
奥村:でも、ジムで応援してくれてる人がいるからってのもありますね。その人が応援してくれてるから、その人が払ってくれたお金で自分は登っていっても良いのかなってのはあります。例えば、両親が全く違う仕事をしていて、そのお金を使うとなったらまた違うと思います。
全員:うーん。
安間:(自分は)もっと自分のことで精いっぱいだったんだよな。親のことを考える余裕なんてなかった。

21r

兼原:裕介もここ数年で生活が変わったじゃない。
佐藤:あー、ガイドで。
兼原:今までは自分のクライミングはすべて自分のためだったわけだけど、今は職業として山とか岩に行ってるわけだよね?
佐藤:さっきもちょっと言いましたけど、分けてますね。ガイドとしてお客さんと行くのは仕事。完全に仕事で、これは自分の楽しみのためでは全くない。自分の特技を生かした仕事。で、例えば遠征とかは趣味ですね。ガイドを始める前と後でそこに変化はないかな。結果的に仕事につながる、ってことも…いやぁ、ないでしょう。
兼原:ではなぜガイドを仕事にしたの?
佐藤:まず 20 代前半は「ガイドやってる奴は終わってる」と思ってました。基本は自分のクライミングを諦めてガイド業をやってる人が多かったと思うんで、ガイド嫌いだったんですよね。お金を払って登山するっていう考えになれなかったし。でも少ないけど自分のクライミングをしながらガイド業をする人が出てきて、「こういうやり方もあるんだ」と思ったのが1つの変化ですね。あと僕はアルパインをやってて、完全に自分がやりたいからクライミングをする。でも止めたくなったらぱっと止めようと。特にアルパインなんかすぐに死ぬんで、止めたくなったらすぐに止められる環境に身を置きたかったんですね。山とかクライミングを職業にすると逆にそれができなくなるので、そういう状況にはなりたくなかったんだけど、ガイドを始める5年くらい前から、「これは一生楽しんで続けていけるな」という自信が自分の中にできてきて、それでガイドっていう道もあるなっていう風に変化していったって感じですね。
兼原:今までの会社勤めではダメだった理由はあるの?
佐藤:会社が潰れそうでしたしね。それもあったし、自分の遠征を続けながらお金を稼ぐには今のガイドの方が自分の中ではやりやすい。環境的には年に1~2回は遠征に行けるような感じになっていたんですけど、そうはいっても常に迷惑をかけるわけですよ。俺が1か月2か月会社を空けると、すごい小さな会社なんで完全に迷惑をかけるので、その迷惑の負荷を毎回罪悪感として感じながら遠征に行っていて、それが自分にも負荷になっていて。ガイド業でも、お客さんの行きたいところにその期間連れて行ってあげられない、という意味では迷惑をかけちゃうんだけど、会社勤めでいろんな方面にかける迷惑を考えればまだ限定的。僕のお客さんは、そういうのを理解した上で来てくれてる人が多いので。

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パキスタン遠征時の1コマ(2017年)

兼原:現役としてガイドを職業にすると、目標を前にしたときに休むなりコンディションを整えたりするのが難しいことはないの?
佐藤:実は、その目標に向かってのガイドプランを自分で組み立ててます。黒部横断の前には歩荷できる部分を入れたりとか。
兼原:どんな仕事してても現役であれば小さな部分であってもシナジーを探すのは真っ当だと思うよ。
佐藤:僕の場合は自分がクライミングの時はガイドでもクライミング、冬山の時は冬山を入れてます。そういう意味で実はプラスになっている部分はあります。
安間:でもいい仕事ですよね。お客さん連れて行ってその人たちが喜ぶわけですよね。
佐藤:そうですね。
兼岩:安間さんはクライミングインストラクターとかに興味はないんですか?
安間:クライミングインストラクターって何ですか?
佐藤:山岳ガイドっていうのは、日本国内だったらどこでも連れていけるっていう資格。フリークライミングインストラクターにもいろいろランクがあるんだけど、一番上で瑞牆のマルチを連れていける資格。その他はシングルピッチとか、クライミングジムだけとかの限定が付く。兼原さんは、俺みたいな状態(経験値)でも「フリークライミングインストラクターをやってた方が効率が良く、身体も傷まずリスクも少ない。でも、実際にそれを選ぶのはズルいよな」と言ってて、これは分かる。実際超リスキーだし、トップロープで登ってもらう方が効率が良い。身体も楽だし危なくもないし。
安間:仕事の中で一番の喜びって何なんですか?
佐藤:お金をもらえる。
全員:(笑)
安間:もちろんそういう側面もあるけど、そうじゃない側面だって絶対あるはずじゃないですか。
佐藤:ちゃんと考えて言うと、きちんとやってると本当に喜んでくれるんだよね。いい景色が見られたとか、憧れのルートが登れたとか。そういうのがあると「今日一日良かったな」とか「充実したな」ってのは当然ある。講習でも技術的にうまくなったのが見て取れるときがあって、そういう時は「良い講習だったな」とか、実際結構ある。
安間:クライミングってすごいエゴイスティックじゃないですか、すべて自分のためで、その喜びを知っているからこそ、ある程度のところまで連れて行ってあげることができるわけじゃないですか。なんか「すごく良い仕事だな」って思います。何なら一度連れて行ってもらいたいです。
兼岩:じゃあ、裕介さん主催の「安間佐千と行く〇〇ツアー」みたいな…。
佐藤:今度企画しますよ。
安間:今の収入とか自分のやりたいことをやることに対して不満とかあるんですか?
佐藤:いや、そんなにない。
兼原:保険はちゃんと入ってるの?
佐藤:俺が死ぬと暮らしていけるくらいは入ってます。
兼原:そこは義務だよね。
佐藤:そうですね。
兼原:で、そうなりかけたことが何かあったんだって?
全員:(笑)

つづく…

プロフィール

佐藤 裕介
山梨県出身のアルパインクライマー。台湾での沢登りや厳冬期の黒部横断など、登山を含む幅広いジャンルにおいて、高いレベルで活動し続ける数少ないオールラウンダー。現在は山岳ガイドとしても活動している。

安間 佐千
栃木県出身のフリークライマー。IFSCワールドカップで二度の総合優勝するなどスポートクライミングで活躍。同時にスペインを中心に複数の 5.15 台のルートを再登。近年は国内の岩場で積極的に開拓し、国内最難課題を含むいくつかのハードルートを初登している。

奥村 優
滋賀県出身のフリークライマー。幼少よりクライミングを始め、国内外の岩場で継続して登る。2020 年2月にスペインの Oliana で Papichulo 9a+ をレッドポイント。3月に高校を卒業し、今後はクライマーとして国内外での活動を予定している。