2019アルテリア アスリートミーティング Vol.3

昨年秋、アルテリアがサポートするクライマーが瑞牆山に集まり、ミーティングを行いました。2日間にわたって不動沢エリアでトラッドルートを登り、初日の夜にはスタッフを含めた懇親会を行いました。一部ではありますが、3回に分けてその様子をお届けします。なお、前回(Vol.2)の内容はこちらをご参照ください。

日程:2019 年 11 月7日-8日
場所:山梨県北杜市瑞牆山
メンバー
アルテリアサポートクライマー:佐藤裕介、安間佐千、奥村優
スタッフ:中島健郎(撮影)、兼岩一毅(アルテリア)、兼原慶太(アルテリア)

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クリティカルパスを登る奥村

佐藤裕介

兼岩:(パタゴニアの事故については)あまり公になってないようですが。
佐藤:なるほど、どーするかね。公にできない部分もあります。パタゴニアのフィッツロイっていう Patagonia 社のロゴになっている山なんだけど、7個くらいピークがあって、登って降りてを繰り返して一気に全部縦走してしまおうと思って (2019 年1~2月に) トライした。その3つ目のピークを登って懸垂しているときに失敗して、何百メートルも続いている壁なんだけど、50 メートル以上落ちて、たまたまテラスに引っかかって助かった、っていう感じ。
中島:なんで止まったんですか?
佐藤:たまたまなんだけど、ちょっと凹角状になっていて、そこにレッジがあったんだよね。
兼原:レッジは岩?雪?
佐藤:完全に岩ですね。ジャンボ(横山勝丘)が見てたんだけど、人間とは思えないくらい「バーンバーン」って感じで弾んで、最初は完全に垂直ではないところを弾んで、その先ストンてなってる先が何百メートルも標高差があるんだけど、そこを落ちていって、「完全に死んだ」と思ってたらたまたま引っかかってた、と。
兼岩:その時のことは覚えてるんですか?
佐藤:記憶が無いんです。意識はあったんだけど、事故直前の半日くらい前からの記憶が無いんですよ。今は事故から2週間くらい経った病院のあたりからの記憶は戻ってますけど、それまでの記憶はほぼ無いですね。帰国してしばらく経つまでは入山したことすら記憶が無かったんですよ。
全員:えー。
佐藤:自分やジャンボが撮ってた映像なんかを見て思い出してきて、そんな感じで事故の半日前くらいまでは取り戻してきて、でもそっから先はダメですね
兼岩:事故の原因は何だったんでしょうか?
佐藤:同時懸垂で懸垂中での事故でした。

《 中略(※詳細は登山研修VOL. 35 参照)》

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パタゴニアの遠征について語る佐藤裕介

兼岩:話だけ聞くと奇跡みたいですね。
佐藤:クライマー的には 99 %死ぬっていうか。
兼岩:何があって生き残れたんですか、努力してたからとか運がよかったとか?
佐藤:それはたまたまです。だって、何も努力しようがない。
兼岩:説明のしようもない、運を天に任せるしかない、と。
佐藤:記憶がないっていうのもあるけど、状況的にはそうでしょ。50 メートル落ちてる中で、何かの動きをしたから止まったとかはないでしょ。
兼岩:実際どこをケガしたんですか?
佐藤:まず目、見にくいですね。眼底骨折したんですよ。その時に神経も傷ついたのかな。斜視になったんですよ。今はだいぶ治って視力検査では平常と言われるんですが、でもやっぱブレがあるんですよ。まっすぐ見ると大丈夫なんだけど、脇のほうは二重に見えたりするんですよ。車とかでもパッと横見たときとかは二重に見えたりする。あと右半身もいまいち。脚も、動きにくいってほどじゃないけど、少し不自由感じますね。
兼岩:脊椎系は?
佐藤:今は神経圧迫とかはないんだけど、一時的にはあったのかもしれないですね。
兼原:事故の経験を経て、クライミング感に変化はあった?
佐藤:まず、クライミングのことを考えられない状態ですね、まだ。もう少し治って思うように動かせるようになってからじゃないと、次の目標を立てたりとかいう気にもならない。
兼原:今はゼロの状態に戻す過程なんだろうね。
佐藤:まあそうですね、完全にクライミング始まる前。

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愁いの王を試登する安間

今後の課題

兼原:何かそれぞれ聞きたいことはないの?
佐藤:そういえばコブラクラックはどうだった?
安間:コブラ、難しかったですよ。んー、よくわかんないんですけどね。一緒に行った今井(考)さんは「結構ジャミングが利いてる」って言うんですけど、僕はボトミングなんですよ。もしかしたら「指が少し細いのかな」って感じてはいて。ただ経験の少なさってのもすごくあって。
佐藤:ジャムの利かせ方がそれぞれ違うのかもしれないね。
安間:そうなんですよ。足が利かなくなってくるんですよ。ねじった流れから足で絞ってくってことがあるじゃないですか。そこの神経のつながりみたいなのがあんまりないんで、足が乗れなかったりとかもしてたんですよね。傾斜もあるんで、奥のほうの足をジャムで利かせて絞ってく感じがうまく反射してなかったんで、至らずって感じで。
兼原:まあ、条件もね。
安間:下部は 5.12 – くらいのがあって、ガバで休みながらプロテクションを決めて、3手くらいして一番強度が高いムーブが出てくるんですけど、そこをツアー中6日間くらいやったかな。1回しか止まってないんですよ、そのムーブ単体で。そこに至るまでは結構フレッシュ感あるんですけど。
兼原:たぶん1か月ずれてたら全然ちがう感触だと思うけど。
安間:まあ、暑かったですよ。フリクションは全然感じられないというか。でも9月はローカルも「天気悪いよ」って言ってたんですよ。
兼原:雨が多くなるってね。
安間:運も必要ですよね。
兼原:平山さんが登った時も雨で時間つぶしにヴィクトリア島行ったりしてたよね。
佐藤:してましたね。
安間:でも、根本的な実力不足も感じましたね…。今度はジョシュア ツリーとかも行ってみたいですね。スティングレイとか。岩の独立した感じとか、個人的にはそそられる感じはありますね。
兼原:ノルウェイのリカバリー ドリンクとかは?
安間:ラインとして僕はあまりそそられないです。なんか、瑞牆とか僕はすごく好きなんですけどね。バーンと立ってパッと割れてる壁よりも、岩塔のほうが好きですね。そこにクラックとかが走ってると、なおそそられる。
兼原:それこそ千日の瑠璃とか?
安間:最近誰かやってますか?それこそガイドで千日の瑠璃に連れてってもらうっていうのは?
兼原:おっと、そりゃ高そうだね。
佐藤:これは高いよ。
全員:(笑)
佐藤:まず取り付きまでは連れていけるよ、そりゃ。
兼原:まさに岩塔。
安間:そうですよね、カッコいいですよね、どこから見ても、モアイフェースは。
兼原:20 メートルランナウトって聞いちゃうとさ。
佐藤:20 メートル、そっか、そうですね。でもそこはそんな難しくないわけですよ。倉上(慶大)君は、トライの時まだ掃除がイマイチで「あ゛~」って言いながらデッドしてましたけど。
全員:(笑)

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安間:今、大ヤスリで開拓してて、ユグドラシルの左の傾斜がある面にポケットがつながってて、一度ずいぶん前にラッペルしてて、この面もしかしたら行けるだろうなと思いつつ、リップの部分が結構被ってるからプロテクションとかもチェックできずにいて。
佐藤:プロテクションは、トラッドでやるの?
安間:はい、ボルトはまだ一切打ってなくて。一度見てますけど、それ以外はぶら下がらずに下から攻めていってるんですけど。下から 2/3近くまで来てるんですけど、今ちょっと壁にぶち当たってて。何すかね、岩がちょっと脆い感じで、そこにプツプツ穴が開いてて良い感じにスカイフックが掛かるんですよ。中は空洞なんですけど。
佐藤:「ポンポン」ってやると「カンカン」みたいな?
安間:はい。それが静荷重だったら耐えるんですけど、徐々にその負荷で若干削れてってるような脆さで、フォールしたら耐えられるかわかんない。
兼原:ダメだね、止まんない。
佐藤:無理だよ、そんなの。浮いてんじゃないの?
兼原:だけど、ワンクッションにはなるよ、落ちたとき。
安間:じゃあ落ちれないですよ、そこは。
兼原:基本的には脆いところのプロテクションって気休め程度で、ワンクッションの期待と上から見たときにそこにプロテクションが出てるっていう視覚的な安心感くらいに考えれば良いんじゃない。
安間:その次のプロテクションが #1 で、上向きに入れたときに利いて、テンションはかけられるんですよ。だけどフォールは…。
佐藤:それでアグレッシブテストしてみたの、ガンガンって?
兼原:下から攻めてるんだからできないでしょ。
安間:若干のアグレッシブな感じって言うんですかね、ちょっと上からガンみたいな感じは耐えました。
佐藤:その #1 は下向いた時も大丈夫な感じ?キャメロット?
安間:キャメロットです。ステムがもうちょっと柔らかければ良いのですが…。で、そこからが核心でちょっとスラブになって、スラブの1級くらいのセクションの後におそらく次のプロテクションが取れるんですよ。そこから攻めきれずに今止まってるんですよね。だからそれがもし抜けたらスカイフックのところに来るんですよ。
佐藤:そっからだいぶ下なんでしょ、スカイフックは?
安間:まー、1メートルくらい下ですよ。
佐藤:あー。
安間:で、更に下はとりあえず止まるプロテクションを決めてるんで、安全性は保たれてるんですけど、下からトライするときは、そのプロテクションは決められないんですよ。
全員:んー。

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クリティカルパスをリードする安間

ミニマムボルト

兼原:なんでそっちに行っちゃったの、安間君。
佐藤:スポートからそっち側ってことですよね。
兼原:いわゆる「安間佐千」のイメージを持ってる人からすると、今その安間くんがスカイフックを足元にして突っ込んでる姿は想像できないと思うんだよ。どうしちゃったの?
安間:いや、普通に楽しいですよ。なんだろ、夢があるし。ボルトを打つ体験ってのは大きかったですかね。岩を削る感触とか。
兼原:その経験がポジティブかネガティブかっていうのは一概に言えないけど、ルートは何本か作ってみるべきだと思うね。
安間:なるべく打ちたくないなってのは、心が傷ついてたから。穴をあけたら岩は二度と回復しない。
兼原:ボルトは現代のクライミングには必要なものだと思うんだけど、一方でミニマムボルトってよく言うけど、そういうのがしっかり判断できるクライマーになってほしいかな。何も考えないで登っている人がほとんどだから。たぶん安間君だって 10 年前はそうだったんじゃないかと思うんだよ。
安間:まあ、全然。「ここ!」みたいな適切なところに打ってあるのって気持ちいいですよね。
兼原:一個人として嫌なのはね、公共財としてルートを作るっていう意識。ともすると極論になっちゃかもしれないけど、登れる最低限のプロテクションでいいと思うんだよ。クライミングルートに安全性とか快適性を求めちゃうと、そこからもうクライミングは堕落していくんじゃないかと思う。
佐藤:そういう意味では完全トラッドで行くっていうのはスッキリしますわね。いま兼原さんが言ったのは、結局はクライマーの能力にかかってることで、全然登れない人はたくさん打っても危ないし、登れれば「これぐらいでいいだろう」ってのもあるし、逆に2人だったらもっと少なくできるかもしれないし。
兼原:危ういのは 20 年前と 20 年後じゃ全然違うんだよ、相対的なレベルも違ってくるし。
佐藤:でも、分かる。確かに。
兼岩:公共財っていう考え方もわからないではないですけどね。
安間:ぼく、ミニマムボルトっていう意識じゃなくて、「ここだよね」っていうところに打つってのが良いと思うんですよ。それって岩との対話だと思うんですよ。能力があるからフリーソロでいいでしょ、ではなくて。
兼原:そう、ただスタイルとして「みんなが安心して登れるためにはこのくらいの間隔だよな」ってのは違うと思うんだよ。
兼岩:でも、みんな最初から上手かったわけじゃなくて、そういうルートも登ってきて今があるわけじゃないですか。そういう意味では、ある程度危険じゃないルート、エリアによってはそういう風に登れるところがあってもいいと思うんですけど。
佐藤:いやー。
兼岩:フェイスにボルトを1本も打たないとか、そんなことは言ってない?
兼原:そんなことは言ってない。合理的かどうかってことだね。

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兼岩:言葉として「ミニマムボルト」って主観的なものに聞こえるんですけど、明確な基準みたいなものってあるんでしょうか?
佐藤:ないでしょ、ミニマムボルトですから。無きゃ無いほど良いでしょって言ってるわけですからね。
安間:そうでもない気がするな。
佐藤:いや、ミニマムボルトって意味はそうだよ。適切な位置のボルトとは別の意味だから。昔むかしのミニマムボルトってそうですよね。
兼原:だね、昔むかしはミニマムボルトなんて言葉はなかったし、ピトン打ちながら登ったとしてもピトンを残置して良いなんて概念はなかったわけだから。打ったものはビレイポイント含めて全部フォローが回収するわけで、それが正しいとかじゃなくて当然だったんだよ、それがクライミングだった。そこでボルトが登場して。
佐藤:超妥協だったわけだ。
兼原:妥協の産物。最初に打った本人も、打ちながらこれは良くないって思いながら打ってたって言うんだ。それがボルトなんだよ。
佐藤:当然それはミニマムであったほうが良いに決まってる。
兼原:イギリスなんかに行くと、初めてクライミングをする初心者がまずヘキセントリックとかナッツの決め方を教わって、それで 5.6 とか 7 のルートに取り付いていく光景をよく見かけるんだけど、これが本当のクライミングなんじゃないかって思うんだよね。本来取り付きから登り始めて両手が放せるところまで行くには、岩と対話をする必要があるわけで。自分の目で自分の判断で落ちても止まるプロテクションを選びながら登って、両手を放して終わり、っていうのがクライミングであり登山だと思う。アルパインエリアのルートでは、初登者ほど実力のない再登者たちがピトンやボルトを残していった結果、今ではヌンチャクだけ持っていけば登れるような状態になっちゃってる。クライミングの本質からどんどんズレていってる。
佐藤:分かってる人はごく少数なんだろうな、今は。
兼原:今日、優君には本質に触れる登りをしてもらいたいなと思って、「少し無理を強いるかもしれないな」と思うようなクライミングをしてもらったんだけど。
奥村:楽しかったですよ。
兼原:登る前の緊張も、登った後の解放感も目論見通りでね。場合によっては「止めときます」っていうのも目論んでたんだけど。それでも良いと思ってたんだ。
佐藤:それはすごい重要な…。
兼原:ほんとはそういう挫折するところも見たかった。一方で主催者としては怪我されるとマズいなと。だから「止める」って言ってくれないかな、ってのもあった。
安間:行きましたもんね。
兼原:「もう行っちゃうの?」みたいな。決めたプロテクション確認するのも失礼だと思ったし、見てヤバかったら止めようかとも思ったけど、ちゃんとしてたから。
安間:僕、傍から見てちょっと面白いっていうか、そこにいろんな想いを感じたし、いろいろ分かっていながら確認しに行ってる。あのプロセスは良かった。

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右奥から安間、奥村、兼原、兼岩、手前が中島

プロフィール

佐藤 裕介
山梨県出身のアルパインクライマー。台湾での沢登りや厳冬期の黒部横断など、登山を含む幅広いジャンルにおいて、高いレベルで活動し続ける数少ないオールラウンダー。現在は山岳ガイドとしても活動している。

安間 佐千
栃木県出身のフリークライマー。IFSCワールドカップで二度の総合優勝するなどスポートクライミングで活躍。同時にスペインを中心に複数の 5.15 台のルートを再登。近年は国内の岩場で積極的に開拓し、国内最難課題を含むいくつかのハードルートを初登している。

奥村 優
滋賀県出身のフリークライマー。幼少よりクライミングを始め、国内外の岩場で継続して登る。2020 年2月にスペインの Oliana で Papichulo 9a+ をレッドポイント。3月に高校を卒業し、今後はクライマーとして国内外での活動を予定している。