ショーン・ビジャヌエバによるフィッツ・ロイ縦走 – 夢の話

ショーン・ビジャヌエバがエル・チャルテンにあるキャンピングカーから、「ムーンウォーク・トラバース」として世界に知られるようになった、驚くべき冒険の話をしてくれました。フィッツ・ロイの縦走はこれまでに一度だけ、アレックス・オノルドとトミー・コールドウェルによって、露出感の高い岩壁を北から南に向かってなされました。それならば、単独で南から北へ行くのはどうだろうか?それは単純な思いつきでしたが、少しずつショーンの夢となり、ついには実現することができたそうです。今回はそのショーンに、このワイルドな冒険について語ってもらいました。

単なる思いつきから夢の実現へ

「ある日、私はフィッツ・ロイ山塊の全山を縦走したいと思いました。最初はただの思いつきで、現実味はありませんでした。パタゴニアの天候は複雑で、条件は厳しい。それに、ソロで登るのは大変なことですからね。
どうすれば山頂をつなぐことができるかをトポから学び始めましたが、実際にやることは想像していませんでした。たとえやらなかったとしても、それは私のモチベーションを高め、魂を揺さぶるものでした。
ある日、私はそれが可能であると気づきました。最初は 10 日もあればできるだろうと思っていました。しかし、パタゴニアではそんなに長期間、天候に恵まれることはありえません。そこで、6日間好天に恵まれる期間があればトライしてみよう、と自分に言い聞かせました。そして、それは私の誕生日に訪れたのです。
全てが少しずつ実現に向けて一体化していきました。準備する時間、考える時間、夢を見る時間、ここパタゴニアに慣れる時間、そしてコンディションに慣れる時間がありました」

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コンディションの整ったムーンウォーク

縦走中、私は全てが順調に進んでいるという印象を持っていました。全てが揃っている。精神的に十分な準備ができていました。縦走に6日しかかからないとしても、念のために 10 日分の食糧を用意しておきました。天気が変わり始めたのは、最後の最後に地上に戻ってきた時でした。私は信じられないほど条件に恵まれていました。
南から北への縦走を選んだのですが、太陽が当たらない壁でもあまり氷はありませんでした。そう悪くはありませんでした。逆方向にしたのは、これまで誰もやったことがなかったし、より冒険的だと思ったからです。

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ゲームを変えた判断

「私はいくつかの重要な場面で、良い判断をしました。フィッツ・ロイのすぐ手前、イタリアン・コルの前で止まることにしたことです。風が強くなることがわかっており、夜の露出した壁の中で風に吹かれたくはなかったので。そこで、寝て回復するのに最適な場所を見つけました。その時に山頂から降りてきた2人の友人とすれ違ったのですが、彼らは「すごく濡れていた」と言っていました。ですが、翌日には全て乾いていました。
その後、山頂から懸垂下降している時に、小さなレッジで休憩することにしました。そのおかげでしっかり回復できたと思います。これによりまたしても翌日は好転し、無風で何の問題もなく懸垂下降ができたのです。
フィッツ・ロイの山頂では、ちょっとした困難がありました。ガイドブックには、200 メートルの簡単な登りと書かれていましたが、実際には全てが凍っていて、おまけに私はアイスクライミングに必要なギアを持っていませんでした。持っていたのは、ピッケルとアイススクリューが1本ずつ、そしてアルミ製のクランポンだけ。慎重に、そして時間をかけて登る必要がありました」

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達成は個人的な誇り

「登攀中は、いつもそこにいることがとても幸せでした。目覚ましが鳴る前に目が覚め、やる気満々。全てがうまくいっており、エネルギーも食糧も十分過ぎるほどあり…本当に夢のようでした。1年前から準備をしていましたが、本当に実現するとは思っていなかったので、魔法のようでした。
最後の懸垂下降を終えて村に降りようと歩き始めましたが、戻りたくありませんでした。自分がしたことを理解するため、夢を見るためにもう1日必要だったのです。そこで私は、野生のベリーが実る小川のほとりの草原に立ち寄りました。その日の午後はその美しい場所でこれまでに起こったことを消化し、その瞬間を楽しむことにしたのです。
翌日、7日目に村に戻ってみると、すでに皆が私の成功を知っていました。出発の朝、私は2人にしか伝えていませんでした。帰り際に3人組のパーティとすれ違ったのですが、彼らが村に広めてくれたのだと思います。
パンデミックの影響で今年のエル・チャルテンはとても穏やかで、クライマーや登山者はほとんどいませんでした。それなのに私がエル・チャルテンに到着した時、みんなが私に拍手を送り祝福してくれた時には、心が温まりました。ここではたくさんの友人ができ、私をコミュニティに受け入れてくれました。また、偉大なアルピニストたちからも多くのメッセージをもらいました。
何よりも、自分のためにやったことです。ここには救助隊がいないので、かなりの覚悟が必要です。何かあっても誰も助けに来てくれません。最初のベースキャンプまでは 10 時間の歩きで、とても遠いのです。このような大きな覚悟は内にあるべきものです。それは真に自分のためであって、他の誰のためでもないのです」