ティム・エメットのモチベーション、トレーニング、プロジェクト

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ティム・エメットはロッククライマーであり、アイスクライマーであり、登山家であり、父親であり、フリーダイバーでもあるオールラウンダーです。このインタビューでは、パフォーマンスや情熱、長続きするためのコツについて、共有してくれました。お楽しみください。


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@Anghelo Bernal

オールラウンドなクライマーであることは、あなたにとって何か重要な意味がありますか?

常に何か新しいことに集中できるから、退屈しないということです。もし他に楽しみがなければ、今回「Era Vella」を登れないままスペインを離れるのは、もっとつらいものになったと思います。
でも、今は家に戻って、Helmcken Falls での高難度アイスクライミングに向けたトレーニングをしています。難しくて厳しいので、あそこに行くにはトレーニングが必要です。肉体的な準備ができた状態で行かないといけません。

グリットストーンの高難度ルートを登り、アイスクライミングやスポーツクライミングも高いレベルで登っていますね。異なるジャンルをどうやってこなしているのですか?

答えは季節にあります。季節に応じて動くんです。日が長くなり雨が止む春になれば、ロッククライミングを選択するのが必然です。夏になって、外が本当に熱くなると標高を上げて、アルパインエリアの対象に目が向きます。秋には気温が落ち着くので、プロジェクトに取り組みます。それはスポーツでもトラッドでもいい。そして冬になると、またアイスクライミングに戻るんです。
自分の場合、目標を持ってそれに集中し、そのためにトレーニングをして、その章が終わったら他のことに集中しています。

今はアイスクライミングのシーズンに向けて、高難度アイスクライミングや Helmcken Falls のためにトレーニングしていますが、「Era Vella」のためにスポーツクライミングの身体も維持したいんです。「Era Vella」のために、より科学的なアプローチからトレーニングに取り組もうとしています。

なので、今は岩に特化した保持力と持久力をつけるために、毎回指のトレーニングから始まるプログラムに取り組んでいます。指が疲れたら、アイスやウィンタークライミングのための器具を使ったトレーニングに移ります。そうすると、トレーニングセッションは4~5時間になります。

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@MikeRobertson/mikerobertsonphotography.com

厳しいトレーニングを自らに課す理由は何ですか?それは常にクライミングの一部でしたか?

今は自分にとって効果的なトレーニングがどんなものかを理解してます。そのおかげで、その情報を他の人たちに伝えることができるようになったんです。前回のトリップで、このルートでの自分の個人的な取り組みを他の人と共有し、深く理解してもらうことができました。

「あなたがやっていること、取り組んでいることを見ることができて、とても励みになった」というようなメッセージをいくつももらいました。それまで自分にそんなことができるなんて思ってもみなかったし、それによってこのルートを登ることにまったく新しい重要性が与えられたと思います。それは思っていた以上に意義のあることでした。もはやただの利己的な作業ではないのです。

なぜ「Era Vella」というルートを選んだんですか?

まず、「Era Vella」に繰り返しトライするのは、登れた時にどんな風に感じるのか知りたいからです。自分本位な言い方ですが、肉体的にも精神的にも多くの時間をこのルートに費やしてきました。アンジェロがこのルートを登った時、自分は彼のビレイをしていて、泣き出してしまったんです。彼が登れて嬉しかったというのもありますが、このルートを登った彼の立場になりたかった、というのもあります。

人のビレイでそんな感じだと、自分が終了点にクリップする時にどんな風に感じるのか想像もできません。こんな風にスポーツクライミングと通じるようになるとは思ってもみなかったし、これほど感情的に揺さぶられるとは想像してなかったのですが、今はこのルートに感情的なつながりがあります。

これまでクライミングではアイスクライミングとトラッドクライミング、あとはベースジャンプに集中して、スポーツクライミングはいつも「どうでもいいや」と思ってましたが、まったく新しい感情体験を引き出してくれました。

「Era Vella」は私を、自分が思っていた以上に優れたクライマーになるための旅に連れて行ってくれました。あのルートで失敗して帰ってくる度に、次に戻る時にはもっと準備ができているように、うまくいくようにトレーニングを変えてきました。そのプロセスを経て、自分は自分がなれると思っていた以上のクライマーになれました。

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@MikeRobertson/mikerobertsonphotography.com

これからトレーニングを始めたり、自分で高難度プロジェクトに取り組みたいと思っている人たちに伝えたいことはありますか?

えぇ、たくさんのことを学びました。そのうちのいくつかですが

• 計画を立て、規律をもって、犠牲をいとわない姿勢があれば、自分が思っている以上に身体を変えることができるということ
• 必ず計画を立てて、規律を守る一貫性を持つこと
• トレーニングの記録をとること(数字が上がっていくのを見ると、モチベーションが上がります)
• 失敗を恐れず、失敗するかもしれないという事実を受け入れること
• 常に勝利と成功だけを求めるのであれば、それは自分がやっていることに本当の意味で集中できていないということ


その他に学んだことは、いかにその瞬間真に集中するかです。終了点や核心に集中するのではなく、今こなしているムーブに集中する。そしてまた次のムーブ、それだけ。呼吸法を使えているかどうかもあります。もし、内的対話が頻繁に生じて、それをなくしてしまいたいと思うなら、舌を出してみてください。これによって脳に内的対話を止める信号を送ることができ、ムーブや保持しているホールドに集中することができます。指先がホールドをどうとらえているか、吹いている風を感じ、真にその瞬間にいることが、フロー状態に近づくための優れた方法です。そして、たいていの場合、フロー状態に入るのが成功するための秘訣です。

そのためには、内的対話をオフにする必要があります。なので、落ちたり、ムーブのことを考えたりすることはありません。考えながら登るのはよくない。

こういった余計な思考は、行為から注意を逸らすだけです。つまり、考えないことができていれば、集中できているということです。

呼吸法はすごく重要です。そのことはフリーダイビングから学びました。人にフリーダイビングを教える時、呼吸をしに上がってきて、リカバリーブレスという呼吸をします。できるだけ多くの酸素を肺に取り込むためのテクニックです。そこで「クライミングをしている時にこれをしたら、きっと役に立つに違いない」と思ったんです。人は呼吸が荒くなると、吐く方ににかなり集中します。でも、本当にしたいのは、吐くよりも強く吸うことの方です。肺の空気圧を下げます。本当に息を吸うことに集中すれば、もっと多くの空気を吸うことができます。

そうそう、最後にひとつ言いたいのですが、クライミングを始める前の気持ちなんて全く関係ないのです。ウォーミングアップをしている時に、「あぁ、これは絶対に登れる」と思う日もありました。そしてルートの取付きに立って登り始めると、素晴らしい気分になりましたが、それでも落ちてしまいました。一方で、すっかり疲れ切って、トライしても仕方ないだろうと思っていたその日の3便目で、これまでの最高到達点に達したんです。誰であろうと、クライミングを始める前に頭の中で起こっていることは、全く問題ではありません。

捨ててしまいましょう。

ムーブに集中して、思考を取り除くんです。

「捨ててしまう」と言いますが、それはどうやってやるんですか?

自分の場合は、リセットします。

目を閉じると、刺激を大幅に減らすことができます。深呼吸を3回。吸って吐く。そこで目を開ける。肩をリラックスさせて、緊張を解く。それから、登る。リセットするには本当に良いテクニックです。もしくは、ヘッドフォンをつけて散歩をしながら、お気に入りの曲を聴いて、それを心から楽しむ。そうすることで、効果的に心理状態を整えることができます。

最後の1つは、メタファーを作って、そのメタファーのように登ることです。そして、自分に問いかけてみます。自分がうまく登れている時、自分はどんな風に登っているか。なんでも自分がなりたいものでいいので、「〇〇のように登れてる?」って問うんです。

「できるかな」「コンディションが悪い」「指が痛い」などと考えるよりも、マントラを決めて自分に繰り返し言い聞かせることです。

自分に合ったメタファーを見つける必要がありますが、このマントラとメタファーは、内的対話から気を逸らすのに効果的です。あとは登るだけです。