クライマー・佐藤裕介 – Vol.2 遠征登山

高いクライミング能力と強靭な精神力で長きにわたりオールラウンドな活躍を続けるクライマー、佐藤裕介。その活動は国内にとどまらず、時には年に複数回の海外遠征を行い、その記録は国内外で高い評価を得ています。連載第2回⽬となる今回は、その活動を支える環境作り、準備やトレーニングに関するお話をご紹介します。

2018年9月5日

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アラスカ ルース氷河でのクライミング

家庭環境を整える

20 代の頃は「子供ができたら山ヤとしては終わりだ」とよく山仲間と話していました。「結婚?もう山やる気ないんだ?」みたいに茶化していたのですが、実際には仲間内で一番早く結婚して、子持ちになりました。今は 12 歳の娘と4歳の息子がいます。

2014 年に山岳ガイドの仕事を始めたのですが、それ以前は会社員でした。その頃、平日朝夕は家族と食事をともにしていました。夜にクライミングジムに出かける日もありましたが、平日は家族と一緒にいることが多かったように思います。ガイドになってからは、比較的近い瑞牆山でも泊りがけで行くことがありますし、遠征も会社勤めの頃より頻繁に行っているので、家を空ける時間は確実に多くなっています。

ただ、逆に家族とまとまった期間を過ごすこともできるので、そういう時間を作るように心掛けてもいます。クライミングツアーに行くときは、岩場に家族も連れて行きますし、先日ボルネオ島に行った時も家族同伴でした。一緒に過ごす時間は大切ですが、普段はなかなか取れないので、家族旅行のような形にすることで埋め合わせをしています。とはいえ、ボルネオ島に着くと、私は仲間と沢登りで山に入ってしまうのですが…。

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ボルネオ島遠征兼家族旅行にて

やめたい時にやめられる環境

会社員だった頃は、自分が遠征で職場を離れることにより、同僚にも顧客にも迷惑がかかる環境で「このままだと長期遠征には行けない」と考えました。転職も考えましたが、そのうちに部下が育ってきて仕事を任せられるようになり、環境的には恵まれてきていました。それでも、遠征に行く時は常に後ろめたさがあり、それを「もっと自分でコントロールしたい」と思い、最終的にガイドになる決意をしました。

私の場合、アルパインクライミングを中心にずっとやってきて、そこには命がかかっているので、自分の中で常に「クライミングはやめたくなったらやめよう」と思っていました。「ガイドだから山を続けないといけない」とか「スポンサーがいるから無理をしてでも頑張らないといけない」という状況は避けたかったんです。アルパインは「ベストを尽くしてダメなら仕方がない」そういう種類のものだと思っていました。そんな中、山を 15 年以上続けることができて、ジャンルはわかりませんが、この先もずっと続けられるような確信が生まれたので、山岳ガイドを職業にしてもいいんじゃないか、と思うに至りました。

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ガイド山行で訪れた八ヶ岳・阿弥陀岳での一枚

遠征に向けたトレーニング

今回のインドヒマラヤで行う予定のミックスクライミングのトレーニングとして、日本で、例えば瑞牆で何かしようとすると、高難度フリークライミングを1ピッチ登れたからといって、本番にはつながりません。長時間行動する力をつける方が理にかなっています。夏の日本ではどのみちミックスはできないので、それなら継続登攀が一番いいだろうと思いました。

5.12 ~ 13 の難しいルートを継続して登るというのは前にもやりましたが、今回は 5.12 くらいまでのルートをたくさん登るというコンセプトです。2013 年のパタゴニア遠征前に同じような形でやっていて、その時は 26 時間で 50 ピッチというのが限界でした。久々にそれを、これから何回かやる予定で、先日も二日間(5 月 20 ~ 21 日)瑞牆で 85 ピッチ、11 ルートという継続登攀を行いました。瑞牆で何十ピッチも登っていれば自然に身体が切れてくるので、必ず本番に活きると思っています。

※その後、佐藤裕介はパートナーと6月1日に約 24 時間、67 ピッチ、9ルートを継続登攀しました

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通いなれた瑞牆山、小ヤスリ岩からの風景

アルパインにおけるリスク

リスク全般に関して言えば、20 代よりは危険に対して距離を置いていると思います。20 代前半は「死んでも登るぞ」という勢いがありましたが、そういうのとはだいぶ姿勢が違ってきました。客観的に見て「リスクが高過ぎることはやらない」というように変化してきています。困難なのはいいのですが、危な過ぎることは避けます。たぶん背負っているものが、だんだん大きくなってきたからだと思います。一番大きいのは家族、死んだ後の影響を以前より考えるようになりました。

これまで二度、大きな事故に遭っているのですが、いずれの場合も運が良かったと言えます。たまたま助かったのですが、運を掴みとるための努力はしていて、例えばスパンティークの雪崩では自分のピッケルで滑落を止めました。もちろん運が悪ければダメでしたが、運だけのせいにしていたらそれこそ死んでしまいます。「危険をいかにコントロールするか」というのが「アルパインというゲーム」の重要な要素です。

山はやるほど色んなものが見えてきて、恐くなります。落石、雪、氷、セラックなどは危うく、避けることでリスク管理できますが、完全なコントロールはできません。天候もそうです。その時点だけでなく、踏み込んでから刻々と変化する要素です。敗退が難しいのもアルパインの特徴と言えます。例えば先日行ったチャラクサ、ベアトリス東壁のようなビッグウォールクライミングは、アルパインに比べると、「たぶん帰ってこられる」という算段が立ちます。雪崩やセラックなどの不確定要素が少ないのと、壁だと天候悪化やアクシデント時に比較的容易に懸垂下降で逃げやすいのがその理由です。リスクが少ないので、アルパインより気楽に楽しめます。

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2017 年の遠征先となったベアトリス東壁

パートナーとの関係性

アルパインクライミングでは、なるべく本音で話すようにしています。「つらい」「こわい」を言うことが、パーティの安全性を高めると思っています。ただこれはメンバーの性格と経験にもよります。自分では言わない人もいるし、二人だとイケイケタイプとブレーキタイプに分かれることもあります。計画段階でも、ベースキャンプに入ってからも、双眼鏡で壁を見ながら常に話をして、具体的なリスクについて話し合います。

また、許容できるリスクは人によって違うので、普段から一緒に登って「こいつはこのくらいの安全率マージンをとる」とか「よく考えているな」という風に観察します。「こういう条件だったら行かない」というのも予め決めて、話し合っておきます。一緒に山に入ってクライミングをして、お互いを知ってからより大きな山に行く。その人をパートナーに選んだ時点で自分の責任です。ビレイヤーが手を放してフォールしたとしても、ビレイヤーを選んだ自分の責任だと考えています。

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ベアトリス頂稜でパートナーを迎える佐藤裕介

今後の課題

ここのところフリークライミング系の遠征が多かったのは、ミックスクライミングで同じ山に行きたいというパートナーが見つからなかった、というのが一因です。以前トライしていて、今でも登りたいという課題がずっとあって、部屋にはその壁の写真が貼ってあります。「あぁ、残ってるなぁ」と見るたびに気持ちが悪くなります。ただそれと同時に、色んなリスクが見えてきて、「頑張ろう」とも思います。ワクワクするような軽さは無く、重たい課題ですが、まだ納得するまでやれていないので、少なくともそこまではやりたいと思っています。

その課題に取り組む前に、8月下旬から約一ヵ月半の予定でインドヒマラヤに行ってきます。思い入れのある課題をトライし続けるのも良いのですが、色々な山を見て新たなラインをトライすることに今はワクワクしています。

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ベアトリス東壁に張ったポータレッジからの景色

ミックスクライミングの装備

今よりずっとお金に余裕がなかった若いころから、本気のアルパインクライミングはダートとクォークで、それをひたすら使っていました。最近は雪に刺すような場面が想定されなければ、ノミックとダートの組み合わせです。想定される場合はクォークの時もあります。ハーネスは冬でもほぼヒューロンドスです。
ミックスクライミングでグローブをしている時に使うカラビナは常にアンジュ L です。操作性が求められない用途、例えばギアをラッキングするときはアンジュ S を使うこともあります。ロッキングカラビナは凍っても対処できるスクリューロック以外に選択肢は無いですね。

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