クライマー・佐藤裕介 – Vol.3 フリークライミング

佐藤裕介の活動が際立っているのは、単にその領域が幅広いというだけではなく、それぞれの異なる分野でトップレベルの成果を上げている点にあります。連載第3回目となる今回は、フリークライマーとしてのモチベーション、2017年のヨセミテでのトライに関するお話をご紹介します。

2018年10月24日

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ヨセミテ国立公園にある花崗岩の一枚岩「エル・キャピタン」

自分の可能性に対する興味

活動する全てのジャンルで自分がどこまでやれるか、という強い興味があります。フリークライミングだったら、自分がどこまで動けるのか、どこまで難しいことができるのか、というのが1つあります。それで自分の限界グレードを押し上げたり、精神と肉体のバランスをとりながら「情熱の薔薇」や「千日の瑠璃」のようなトラッド系のルートにトライしたりしています。登れるグレードの数字を上げていくことはメインではありません。そこを求めていたら沢登りや黒部横断はやっていなかったと思います。それとはまた別の尺度で、自然の中で活動することに以前から強い興味があります。

幅広くやることの利点

フリークライマーとして365日やるのには耐えられないと思います。変化が好きで、熱しやすく冷めやすいところがあり、複数のジャンルにまたがってやるのが性に合っています。冬山をやっていると春になってクライミングがしたいと思うようになり、次第に盛り上がってモチベーションが上がっていきます。逆に言うと、1つのジャンルを同じモチベーションでずっと続けることはできないのかも知れません。自分がやっていることのレベルを、それぞれのジャンルで少しずつ上げていきたいのです。

クライミング能力はまだ伸びると思っています。今までアルパインクライミングや冬山をしてきたこともあり、そんなに登り込んではいないので、「やればもっとできるだろう」という気持ちがあります。これからも全てが伸びていくとは思いませんが、部分的にはまだ伸びるはずです。単純に限界グレードを上げるだけではなく、クライミングの幅を広げることで上がっていくものもあります。ですが、これは例えばボルダーだけに集中するような活動をしていないから言えてしまうことなのかも知れません。

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ザイオン国立公園にあるマルチピッチルート「The Moonlight Buttress」を登る佐藤

自分より上手い人と登る

すぐ近くに自分より上手い人がいると、すごく刺激になります。以前金沢にいた時は、例えば誰かがグリーンランドで登った記録を雑誌で読みながら「すごい人が別次元のことをしている」という感覚でいましたが、そういう人が同じクライミングジムで登っていると、「なんだかんだいっておんなじ人間だろ」みたいな感覚が生まれて、自分の殻が破れる気がします。そういう意味で垣根を作らないようにしています。

フリークライミングをする時はフリークライマーとして突きつめます。フリークライマーの中に入ってやるのが良い。「アルパインクライマーにしては登れる」というのではダメだと感じます。クライミングを始めた時からそうでしたが、通っているジムでは、そこで一番上手い人と登るようにしてきました。その人は別に山をやっていなくても関係はありません。当然山をやっている時は、山を一番登れる人と行きたいのです。

初めてモチベーションが無くなった

今まで自分の心と身体を削りながらトライするクライミングをやってきました。これはアルパインとはまた違った意味で厳しく、なにより自分の身体をコントロールするのがすごくつらい。特に2015年以降の「情熱の薔薇」「千日の瑠璃」から2016年の「ノーズ」(ヨセミテ El Capitanの「The Nose」)のトライに至るまで、そういうクライミングを連続させました。フィジカル面で攻めるフリークライミングは2年に1回くらいにしよう、という考えでしばらくやってきていたのですが、この時はやり過ぎました。

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「The Nose」核心ピッチの1つ「Great Roof」

2016年、最初の「ノーズ」トライでは、長い間そのことだけを考え、ろくに食べ物も摂らずにひたすら挑んだのですが、結局全然ダメでした。帰国して、宮崎の5.14台のプロジェクトにトライしに行って、もうその時はひどい日でこんにゃくゼリーしか食べていないこともあって、一日の摂取カロリーが500キロみたいな食事をしていました。それでもあと一手、一足、かなり惜しいところまで迫ったのに登れませんでした。そこで一度精神が壊れました。報われない努力というのは、ショックが大きい。

その後、さらにパタゴニアに行きました。「直近の8年間で一番天気が悪い」と言われた年で、やりたかったことは何もできませんでした。その時に20年のクライミング人生で初めて、クライミングに対するモチベーションが無くなりました。完全なオーバーワークです。それからしばらく自分のクライミングから離れて、休養期間を置いて、パキスタンに行く一ヵ月くらい前からまたエンジンをかけだして、また良いクライミングができるようになりました。

「ノーズ」のための2シーズン

翌年に行った二度目の「ノーズ」は、ルート上の核心ピッチである「Great Roof」と「Changing Corner」をレッドポイントすることを目的として、そこを集中攻撃することにしました。前回はグラウンドアップしましたが、自分たちの実力では無理だとわかったので、今回は「Great Roof」はグラウンドアップでポータレッジに暮らしながらトライし、壁の上部にある「Changing Corner」は頂上をベースにして、そこから懸垂してトライしていました。ヨセミテまで行って、他にも魅力的なルートがごまんとある中で、ノーズ以外のことは全くやりませんでした。キャンプ4にあるボルダーをちょっと触ったくらいでした。

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Camp4で束の間の休息

2017年も前年と同じように30日とって、「ノーズ」だけやりに行きました。懸けているものが大きいので、是が非でも登りたいという気持ちがありました。常に「登らなければならない」というプレッシャーを感じながら生活している毎日でした。「Great Roof」はパートナーが先に登り、その翌日からは雨の予報でした。このピッチは壁の真ん中あたりにあるので、上からも下からもアプローチしにくい。パートナーをビレイのためだけに連れて来るというのはなかなかできません。時間的な意味では、今までで一番プレッシャーを受けたトライの1つでした。ああいう状況で翌日の、それも最後の最後で登れた時には、本当に全てを爆発させるような雄叫びをあげてしまいました。普段から、本気のクライミングの時は特に、お酒はほとんど飲まないのですが、登った日に2人でコップ半分ずつだけ飲みました。「次があるから」という感じで。

今まで仲間内で登ると先に登ってしまうことが多かったのですが、今回のパートナーとは、一緒に登っていると先に登られることが割と多く、2つ目の核心ピッチである「Changing Corner」の時もそうでした。彼の方がボルダー力もクライミング力も高い。このピッチも私より2日早く登りました。彼が登った翌日に雨が降ってきて一旦ベースに戻り、雨上がりにまたトライを開始。帰国まで残すところ3日でした。夜に目が覚めても、朝起きても、ルートのこと、それから天気のことを考えていました。最後には登れましたが、完全にプレッシャーに支配されたツアーでした。「Changing Corner」では前回できなかったことができるようになっていて、最初の3⽇間くらいは楽しかったのですが、そういう期間を過ぎてからは本当に苦しかったですね。その分、レッドポイント後は今までにないような開放感を味わいました。朝キャンプ4を歩いているだけで、心の底から「幸せだなあ」と感じられるほどでした。

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最後の核心ピッチ「Changing Corner」のレッドポイントトライ(左)とアプローチ(右)

教えることから得られるもの

ガイドと自分のクライミングは割と両立できています。特にクライミングについては、全般に良い影響があります。例えばワイドクラックはかなり登っているのですが、講習で教えていて日々気が付くことがあります。今まで20年くらい完全に自分の感覚だけで登っていましたが、ガイドになってからはそれを理論立てて説明しています。内容も教えるたびに多少変化していて、より良くなっていると思います。ここ3年で「こうした方が伝わりやすい」というのがわかってきました。自分がいくら良い方法だと思っていても、相手は動いてくれない場合があります。1つのムーブが全ての人に良いとは限りません。人によって動きのタイプが違うのです。人に説明したものは頭に残るので、マルチピッチで詰まった時などに、別のムーブを引き出しやすくなったと思います。

フリークライミングの装備

プライベートでも仕事でも使うので、ギアの「違い」を感じることはよくあります。以前、かなり屈曲するシビアなピッチがあって、最後の支点からトラバースして、そこから結構離れてからランジのような難しいムーブが出てくるのですが、いつもより「ロープが重いな」と感じることがありました。なぜなのか確認したら、最後の支点がいつものカラビナではありませんでした。カラビナは普段ほとんど『アンジュL』なのですが、ペツルのカラビナは軽量なものでもロープが当たる部分の面積が広く、絶妙に面取りされています。屈曲してランナウトしていたことで、いつもより摩擦の違いを強く感じたのだと思います。カラビナを『アンジュL』に替えると、流れがスムーズになりました。

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2013年「El Cap Spire」でくつろぐ佐藤

仕事ではセカンドのビレイをすることが多いのですが、ここで使う『アタッシュ』も以前のモデルより圧倒的に使いやすく、ロープを引くのが軽くなりました。冬のクライミングを考えると環付カラビナは、長くスクリューロック一択でしたが、フリークライミングのセルフビレイ用には「ツイストロックもいいな」と、最近になって思いました。

ハーネスは『シッタ』を高難度のクライミングで使用しています。それ以外は『ヒューロンドス』が多く、夏はS、身体がだんだん絞れてきて痩せている時はXS、と用途によってサイズを使い分けています。ヘルメットは常に『シロッコ』です。被りっぱなしでもストレスが無く、何かとリスクもあるので、特に継続登攀などの時には、最初から最後までヘルメットを被るようになりました。

ザックはマルチピッチでは『バグ』、雨の降りそうな瑞牆だったら『ポルタージュ』で行きます。開拓やベアトリス東壁でもホーリングでかなりゴリゴリ使いましたが、大丈夫でした。中身が濡れないし丈夫なので、何かと重宝しています。シンプルながら背負いやすく、背負っての登攀やユマーリングもしやすいです。

ヘッドランプも昔からほぼペツル以外使っていません。最近の瑞牆での継続登攀では、初日は自動で明るさが調節される『リアクティック プラス』で、2日目は一定の明るさが持続する『アクティック コア』にしました。夜間登攀では極端に難しいピッチは選ばないので、重量と必要な明るさのバランスを考えて最適なヘッドランプを選んでいます。

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