クライマー・佐藤裕介 – Vol.1 沢登り

高さ数メートルのボルダーからヒマラヤの岩峰、苔むした夏の滝から凍てついた冬の氷瀑まで。高いクライミング能力と強靭な精神力で長きにわたって飽くなき挑戦を続けているクライマー、佐藤裕介。高校生で山を始めてから今日まで 20 年あまり、クライミングを始めた頃からペツル製品を愛用していた彼を、当社がペツルの輸入販売元としてサポートするようになって 10 年 を迎えます。その節目に、彼がこれまで実践してきた活動について、改めて話を聞きました。その内容をこれから4回にわたりご紹介していきたいと思います。
今回はまず第1回として、佐藤の原点でもある沢登りについてです。

2018年8月8日

sato_sawa01

台湾の沢・恰堪渓(チャーカンシー)にて

「楽しさを求めたら沢」

私が本格的にアルパインクライミングをしよう思ったのは大学で社会人山岳会(めっこ山岳会)に入ってからです。高校の三年間は山歩き、その後ロープを使った「バリエーション」を始めたのですが、入った山岳会にたまたま沢登りをする人が多かったんです。地域的にも岩場が多くないので、無雪期は毎週のように沢に入っていました。私としては以前から「アルパインやるぞ」という意識があって、ヒマラヤの岩壁をこう登りたいみたいなイメージがあったのですが、入会したら沢を登っている人が多く「イメージ違うな」という感じでした。

sato_sawa02a

焚火は沢登りの魅力のひとつ

ただこれがやってみると面白くて、今でも純粋に楽しさを求めたら沢になるんじゃないかな、という気がしています。歩きから始まり泳ぎもあり、ゴルジュをつたって角を曲がったら「うわ、なんだあの滝」みたいに、すごく変化に富んだ山行になります。沢登りが私の「山の原点」とも言えます。

アルパインクライマーやフリークライマーで沢登りをする人は少ないですが、私が沢登りをやるのはやはり楽しいからです。山頂に行くのが目的ではないので、沢登りが終わって山頂が近くにあっても「まあ、いっか」と頂上を踏まずに帰ってしまうこともよくあります。沢の中で焚き火をして「よし次あそこの滝登るぞ」みたいなジャンルで、ゴルジュの中を泳いだり、滝を登ったりするのがメインです。

sato_sawa02

称名廊下の試登

ボルネオ遠征 – Low’s Gully –

2018年の春は久しぶりに「沢登りの遠征」でボルネオに行ってきました。結論から言えば今回狙ったルートは登れませんでした。山頂に食い込む Low’s Gully という切れ落ちた沢があって、そこはキャニオニングで下降された記録はあるのですが、登りの記録としては30年前に敗退したものがあるだけです。

初日はジャングルなのですが、最初からやけに水が濁っていて「おかしいな」という感じでした。毎日のように降るスコールの後は、沢の水が真っ茶色なんです。今までジャングルの沢には何度か行っているのですが、そんなことはありませんでした。「ここは特殊だなぁ」などと思いながらその先のゴルジュに入っていくと、明らかに直登できない滝があったので、側壁を3ピッチ登りました。稜線に出て歩いている時に、支流の沢からものすごい土石流が発生して、数時間前まで我々がいた場所に流れ込んでいて、今いる場所とは数百メートル離れているのですが、こっちまで飛んでくるんじゃないかと思われるようでした。鉄砲が暴発したような音がして、大量の岩が吹っ飛び、砕けた岩煙により硝煙のようなにおいを漂わせていました。

sato_sawa05

山全体が花崗岩でできたキナバル山の沢

キナバルでは三年前に大地震があったのですが、それにより岩がいたるところで崩落を起こしています。すでに三年が経っているので落ち着いているだろうと思っていましたが、スコールの後に水が茶色く濁っていたのはこのせいで、毎日のように災害レベルの土石流が起こっているような状況でした。もう「ここで沢登りとか自殺行為だろう」ということで、その場所で敗退を決めました。これから先、年月を経て状況が落ち着いてくるタイミングがあるかもしれませんし、数年に一度、大渇水になる年があるようなので、そのようなタイミングなら登れる可能性があるかも知れません。この沢のことを考えてからトライするまで 10 年くらいは経っているので、これからも頭の片隅に置いておく課題になりそうです。

sato_sawa04a

Low’s Gully の側壁を登る佐藤裕介

沢登りでのリスク

沢登りのリスクは比較的コントロールしにくいと思います。谷の中は、地形的にいろいろ落ちてくる場所ですし、増水も含めて谷底で活動するというのはあまり安全とは言えません。今回で言えば増水、土石流は命にかかわる危険でした。
登る時も岩が濡れていたり、苔が生えていたりすると滑ります。そういうところを登る経験値は最初の頃より上がってはいますし、難易度的には 5.12 や 13 が出てくるわけではないですが、支点も沢の方が取りにくい傾向があるので、やはり怖さはあります。Low’s Gully の側壁でもかなり命をすり減らしたように思います。見た目の悪さと実際が一致しない場合もよくあって「歩き」だと思っていたら実際には「超絶悪い」というのがたまにあります。プロテクションを取らずにそれぞれが同時に動くことも多いですし、そういう意味でも危ないですね。

sato_sawa03

カウアイ島での沢登り

沢登りの装備

沢登りに限らず、ヘルメットは常に一番軽いシロッコを使っています。シロッコが出る前はメテオでした。お金もない高校生の頃から常に軽いヘルメットを買って、当初は登山とバイク兼用にしていましたが、その後「それはダメだろ」と言われてバイク用のものを別に買わされたこともありました。
ハーネスは基本的に以前からヒューロンドスです。沢は消耗が激しいので、ある程度丈夫なものが必要です。特にジャングル系は藪漕ぎがひどく、つる系の植物や木の棘がひっかかるので、消耗が早いです。台湾の恰堪渓(チャーカンシー)のような沢にもう一度行くとしてもヒューロンドスにします。Low’s Gullyにはハンギングビレイがあまり無さそうだったのでアルティチュードで行きました。素材が水を含まない点でも気に入っています。
カラビナは沢登りではほぼ全部アンジュS。それほどテクニカルでなく一瞬でクリップしないと危ないような状況ではないので、軽さ重視でサイズSを選んでいます。
ザックは濡れにくく、シンプルで背負いやすいので、ポルタージュ(ケイビング用バッグ)が気に入っています。沢登りでも荷揚げが必要なパキスタンのベアトリス東壁のようなビッグウォールでも使っています。

関連製品

  • シロッコ
  • ヒューロンドス
  • アルティチュード
  • アンジュS
  • ポルタージュ