2022 アルテリア アスリートミーティング Vol.1

2022年10月、長野県廻り目平にて、アルテリアがサポートするクライマー、奥村優小武芽生の撮影を行いました。2日間にわたってクライミングをして、合間に2人が2022年秋に行ったセユーズへのツアーや課題への取り組み方について、話を聞きました。その時の様子を3回に分けてご紹介します。

クライマー:奥村優、小武芽生
撮影:鈴木岳美
スタッフ:今井考、兼岩一毅、兼原慶太

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ハングドッグの質

兼岩:まずは、直近の遠征について聞きかせてください。どうでしたか?
奥村:セユーズですよね。まあ、100点満点中50点ぐらいかな。「Biographie」を登った後に、「Jungle Boogie」をやったんですけど、それも登れてたら満点でしたね。
兼岩:なるほど、半分ってことか。
奥村:まあ半分で50点やけど、「Biographie」の内容はすごい良かった。そこはまあ及第点かなって感じですね、一言で言ったら。
兼岩:割と早い段階で登れたんですか?
奥村:1週間ぐらいで登れたんです。日数にして2日ですね。1日目2トライして、次の日の2トライ目で登れたんで。
今井:じゃあ、その後は「Jungle Boogie」を?
奥村:そうですね、ずっとやってました。
今井:グレードは?
奥村:同じ9a+なんですけど、タイプがすごく違う。「Biographie」は、エンデュランス系のポケットな感じなんですけど、「Jungle Boogie」はすごいボルダリーな感じで、カチ。
兼岩:どういうモチベーションで「Biographie」を登りたいって思ったんですか?
奥村:今僕が目指してるのは、「もう1個上の数字に行くためには」っていうもう数字オンリーなんで、そこから逆算して、こういうタイプのルートも登らなあかんし、別のタイプのルートも…みたいな。「Biographie」は、以前1回やって敗退してたんで、とりあえず、まあ「世界初の9a+」ってのもあるし、次に行くためには、1回のツアーで2本ぐらい9a+を登らないといけないっていうのがあって…どういうことかって言うと、1回のツアーで1本だけを登り切ろうと思うと、ずっとその課題につきっきりになれるから、1回上に抜けるまでのハングドックの質があんまり高まらない。
兼岩:うーん?
奥村:いっぱいトライできるから、1個1個すごく小さい目標を積み重ねていって、最終的にハングドックが成立するみたいな。そういう風になると思うんですけど、9bとか9b+登ろうと思うと、9a+でそれをしてるようじゃ結構難しいと思っていて、その1回の質を高めるために、3週間くらいのツアーやったら、2本ぐらい登らないといけないな、と。

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兼原:それを意識したのは、いつ頃から?
奥村:それは最近です。ようやく9a+がちょっとコンスタントに登れるようになって…まあ2、3本なんですけど。なんで、次目指すところは、1回のツアーで2本登るか、1本を5トライ以内に登るか。
兼原:全然レベルは9a+とかじゃないけどさ、最初のミーティングで、「ハングドックの質が高いな」と思ったんだよ。なんか気づきがすごく多い。まあ、グレードが低かったってのもあるけどさ。元々そういう意識を持ってたのかな、と。
奥村:その頃は、あんまり先を見れてなかったと思うんです。どっちかって言ったら、スタートから考えてたんですけど、今は「登り切るためには、1回でこれぐらいしないといけない」って逆から考えてます。ある程度コンスタントに登ろうと思うと、成り行き任せじゃなくて、ゴールからイメージするっていうのがすごい重要やと思ってます。
兼岩:今回のツアーは、コンディション的にはどうだったんですか?天候とか。
奥村:コンディションは悪くはなかったですね。結構晴れが続いてて、涼しかったですし。けど、秋は陽が陰ってからの時間がすごい短くて。トライできても1回か2回だったんで、チャンスが少なくて…。次の日に持ち越しになると、ちょっと感覚を忘れてるんで、一日に3回4回できた方が、感覚を覚えたまま本気トライができるから、結果的に回数も少なく登れるし、一石二鳥かなって思うんで、次行くなら春かなって。
今井:ちなみに、9a+って何本ぐらい登ったの?
奥村:これで4本目ですかね。

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ニーパッドとクライマーの選択

兼岩:小武さんは今何を触ってるんですか?
小武:私は、はじめてセユーズ行ったんで色々触ったんですけど、結局トライしたのは、9aの「Pornographie」っていう最近のルート。それは、「Biographie」のすぐ右にある7ピンくらいのルートで、セユーズにしてはすごく短いんですよ。本当は「Biographie」をやろうかと思ってたんですけど、2回やってみて、8c+のオリジナルのパートまでは頑張ればいけるかもしれないけど、上のパートがちょっとわからなくて。それで、グレードを下げて9aにしようかなって。でも、結果ボロボロでしたね。
兼岩:その「Pornographie」が?
小武:そう、トライの仕方があんまり良くなかったです。着いた初日に、まず「Biographie」をやったんですよ、やりたくて。でも、やっぱりはじめての岩場だから、焦らず色んなのやってからの方が良かったんかなっていうのもあった。「Pornographie」は短いから、何回でもチャンスあるかな、みたいに思っちゃった。でも、実際は悪い分指皮は減るし、強度高いから何回もできるわけでもなくて…。
あと、ちょうど真ん中ぐらいのところで、ニーバーができるところがあって、みんなそこでパッド使ってたんですよね。今まで使ったことなかったから、一度試してみたんですけど、私は脚の長さがちょっと足りなくて、結局あんまり休めなかったんです。まず、どういうスタイルで登るかっていうのを、中途半端なままトライしてて…。周りの人に聞いたら、ニーパッドを使って登ったら8c+で、使わなかったら9aみたいな感じで…。
今井:現場では、つけてる人とつけてない人がいる?
小武:9割つけてて、つけてない人は、私みたいに足が届かないか、逆に足が長すぎてつけたらニーバーできなくなる人ですね。
兼岩:パッドつけたらその分厚みが増えるから、ちょっとしやすくなるとか?
小武:いや、たぶん3枚くらい重ねないと(笑)
奥村:ブローの難しい課題でパッドを使う課題があるんですけど、厚みが足りないから、間に本を挟む人もいます。
兼岩:それはもうエイドにならないんですかね…
兼原:そこは優君に聞こうよ。使ってないよね?
奥村:あ、パッド使わないですね。一応持ってるんですけど。
兼原:え、持ってるの?
(笑)
奥村:使ったことはあるんですけど、一応使わずにも登るようにしてます。

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小武:ニーパッドで本当に迷って、どっちにしろ痛いからタオルを巻いて登ろうって思って。でもそしたら、フリクションの悪いシューズといいシューズくらいの違いかな、使ってることには変わりがないのかな、と思って。でも、そこはなんかずっと迷ってました。
兼原:ジャミンググローブとかと同じ議論だよね。
今井:ワイドもね、結構ニーバーがあって、使ってる人いるよね。難しいよね、皮膚を守るためなのか…
兼岩:究極、裸じゃないとダメになっちゃいますよね。
小武:まあ、結果的には自分が弱くて、その下のパートが突破できなくて、できなかったんですけど、なんか取り組み方に、色々迷いましたね。
兼原:まあ、靴だってどんどん高性能になってるし、カムだって、今までストッパーしか効かなかったのが効くようになっちゃうし。ボルダリングだって初期のルールとしては、本来クライミングのカテゴリーの中で一番厳しいルールなわけ。何も使っちゃいけないんだから。だけど、クラッシュパッドが現れて…。これからも許容される道具っていうのは、たぶん増えていくと思うんだよね。クライミングって審判いないからさ、それを使うか使わないかっていうのは、倫理とか共有してる暗黙のルールとかによる。だから人口が増えると、水と同じで大勢は低い方に流れるんだよ。だけど、民主主義じゃないけど、少ない方が間違ってるわけじゃないわけだよ。登喜男さんなんかはさ、クラッシュパッド使ってないから変な人じゃん。
兼岩:うんうん。
兼原:うん、じゃないんだよ。
(笑)
兼岩:変な人って言ったら語弊があるけど、普通ではない。
兼原:だから、やっぱりなんだろうな、正しいとか正しくないとかじゃないんだけど、やっぱり少数派が変だっていうことにはならないような、クライミングコミュニティであってほしいとは思う。
兼岩:どっちもある程度リスペクトされるのがいいとは思うんですけど、結局ボルトルートだと、残っちゃうわけじゃないですか。そこが難しいのかな、と。クラッシュパットだったら、その時々で避けたり、置いたりできるからいいけど。
兼原:クラッシュパットだってさ、厚みがある分、取付きが高くなっちゃうわけだよね。本来出さないといけない一手が無くなったり、そこからスタートできちゃったりするわけじゃない。そうすると、まあ初登者とは違う動きになるし、グレードだって本来変わってくるはずだよね。

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今井:やっぱり、一人一人のクライマーに、どういうスポーツにしていきたいかっていうのが委ねられている。
兼原:そう、それをやっぱり発言する必要があるんだよね、マイノリティにならないために。クライミングっていうのは、どういうものかっていうのを。
今井:やっぱり競技じゃないから、与えられたルールがないから、あとはもうそれぞれ…
兼原:そう、だからと言って、クラッシュパットの上からスタートするのがダメってわけじゃないんだよ。ニーパッドしても、ジャミンググローブしても別にダメじゃないんだけど、個人的には、ズルを認識してやれよって思うんだよね。それを知らないで、「あれ簡単だよ」みたいな…そういうのがちょっと嫌だな。
今井:山登りの世界でも、例えばGPSとか使えるから…
兼原:そうそう。
今井:やっぱり常に新しい道具がクライミングコミュニティに投入されていって、それによってクライミングが発展してきてね。いいシューズができたとか、カムができたとか…まあ、それをどこまで許容するかっていうのは常にね…
兼岩:無意識にやるのはいけないけど、それを知りつつ選択するんだったら、まあいいだろう、と。
兼原:で、その無意識が大勢を占めると、文化そのものがハンドルを切って違う方向に行っちゃうからさ。クライミングの本質っていうのがどういうものかっていうのを知る機会が、今ほとんどないと思うんだよね。
今井:その点、セユーズとかに行くと、そういう問いを受けるわけだよね。
小武:そうですね、はじめてそういうことに直面して…まあ、でも来年春またたぶん行くんですけど、ニーパッド使わないで登れる力を身につけて行きたいな、と思います。
兼岩:なんか無理に…あくまでも一意見なんで…

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小武:あ、セユーズで、私もそのレッドポイントグレードを更新したかったんですけど、 そういう目標じゃなくて行くのもいいなって。実際登れたら、更新なんですけど。
兼原:でもさ、セユーズで最高グレード更新ってすごいことだよね。
小武:とりあえず、8b+だけ登ってきました…。
今井:あと、やっぱりなんか最初にまず「Biographie」に触ってみたいのもやっぱり、それはそうなるよね。
小武:私が高グレードをトライする中で、身長的にできるのかできないのかっていうのもあって。「Era Vella」は、優君が中学生の時に登ってるんで、たぶん全部届くっていうのはあって。オリアナでも、「Fish Eye」とか「Mind Control」は、結構女子が登ってるから、距離の問題はないなって思って。「Biographie」も全く同じ身重のフランス人の女の子が、バラしてはいるんですよね。だから、全く不可能ではないから、トライすることに決めたんです。でも、やっぱり普通に実力不足で…。
兼岩:ロクスノのインタビューで、コンペのボルダー課題で届かないやつとかは、もうある程度早めに見切りつけるって言ってたと思うんだけど。
小武:そうですね、なんか分かるようになってきたんで。数年前までは、もうがむしゃらにやってたんですけど。でも、コンペと違って岩はちっちゃい皺とか、フットホールドを刻んだりとか、弱点は結構あるんで、やりようはあると思ってます。コンペは、もう無理なのは本当に無理なことが多くて…。それもあって、岩は色々できて楽しいなっていうのはあります。
兼岩:小武さんは、今回セユーズははじめてで、どうやってやりたいルートを決めたんですか。
小武:やりたいルートは特になく、8c+を登ったんで、ちょっとずつグレードを上げていきたくて、9aができたらなって思ってたんですけど、グレード感が全然違いましたよね。スペインとタイプが違うし。でも、別のタイプでもグレードを上げて登れたら、もう結構なんでもできるかなっていうのもあって「Pornographie」に。たぶん「Biographie」の方が、持久系なので得意系なんですよね。「Pornographie」は、本当にボルダー系のルートだったんで。
兼岩:行く前からすでに、その「Biographie」と「Pornographie」と、あといくつか決めてたんですね。
小武:そうですね。あと、「Le Cadre」っていうのとか、9aに決めてました。
兼岩:春はまた「Pornographie」をやるんすか?
小武:はい、その前に(2023年)1月にスペインの80メートルのルートに行こうと思ってて…

つづく…

プロフィール

奥村 優
滋賀県出身のフリークライマー。幼少よりクライミングを始め、国内外の岩場で継続して登る。実家であるKO-WALLで働きながら、1年に何度も海外へ遠征しており、これまでに9a+以上のルートを複数本レッドポイントしている。

小武 芽生
北海道出身のフリークライマー。ユース時代も含め10年以上スポーツクライミングに取り組む。2022年3月にスペイン、マルガレフで Era Vella(8c+/9a 5.14c/d)をレッドポイントするなど、近年はコンペと岩場の両方で活躍している。