2022 アルテリア アスリートミーティング Vol.3

2022年10月、長野県、廻り目平にて、アルテリアがサポートするクライマー、奥村優小武芽生の撮影を行いました。2日間にわたって小川山でクライミングをし、合間に2人が2022年秋に行ったセユーズへのツアーや課題への取り組み方について、話を聞きました。その時の様子を3回に分けてご紹介します。前回(Vol.2)の内容はこちらをご参照ください。

クライマー:奥村優、小武芽生
撮影:鈴木岳美
スタッフ:今井考、兼岩一毅、兼原慶太

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絶望との付き合い方

兼岩:聞いてて、優君はなんかピラミッドみたいな感じで、9aを3つ登れたら9a+、9a+3つ登ったら9bみたいなアプローチなのかなと思ったんだけど、小武さんは、それとはまた違うんですか?なんて言うか、1個登れたらもう次のグレードに…
小武:まあ、とりあえずその自分の限界がどこなのかなっていうのもあって。
兼原:たぶんリードで積み上げてきてないから、自分の位置がどこなのかっていうのを、まだ探ってる段階なんだよ。
兼岩:優君は岩でやってる期間が長いから、もう積み重ねや大体こうっていうのがある、と。
兼原:ただ、まあ結果的にはそうかもしれないけど、意識としてそれ積み上げてたら、優君のレベルに達してないと思う。
小武:私が優君だったら、絶対もう9bやってます。
兼岩:でも、聞いてると、なんかもっとやってもいいんじゃないかと…
兼原:そうそう、うん、もっと行っちゃえばいいのに。
兼岩:もうちょっと余裕で登れるまで待ちたいのかな。
兼原:じゃあ、次に移る。優君のメンタル的な部分、さっき芽生ちゃんが指摘してた。
奥村:そうですね、限界以上を登っていくってなると、何回も何回も(トライ)しないといけないと思うんですけど、その時に僕はすごいエネルギーを使うんですよ。
小武:それが楽しい。
奥村:「Era Vella」の時もそうだったんですけど、実力以上の力が出て登れた。中学生、高校生でそれを積み重ねてきて、そこで一気に疲れて、そこからボルダーをするようになったんです。集中して、すごいパワーを使って出せてただけで、それをコントロールできてたわけじゃなく、突発的に出てた感じなんです。そうすると、すっごいエネルギーを使うんですよね。
兼原:てことは、ルートの前に立つときは、もう結果を出す時だ。
奥村:そうです。
兼原:そのルートがこなせるレベルまで自分をしっかり高めて、はじめてルートの前に立つっていう…。
奥村:そうです。でも、多分アダムとかもそうですけど、あんだけハングドッグして精度を高めて、あんだけこう気持ちを前面に出して、自分の実力以上って言ったらあれやけど、そういうところを出すモチベーションというか、パワーが僕にはない。

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グレードの上げ方

兼原:多分、芽生ちゃんの言う「実力以上のことを追い求める」ってのは、そのルートをトライしながら、実力以上の自分が出せた時が、レッドポイントの時なんだよね。それがすなわち成長なんだよね。それを積み上げていくことで、成長していく。だから、アプローチが真逆なんだよ。
奥村:そう、僕はこう外から内にこう攻めていくんですけど、芽生ちゃんは内からこう…
兼原:でも、世に言うクライマーって人たちは、たぶんみんな芽生ちゃうみたいなプロセスだと思うな。
奥村:僕もそう思います。僕はどっちかっていうと、結構もう選手っぽく…
今井:帰納法と演繹法とか、なんかそういう違いだと思うな。
兼岩:でも、ある意味抑え込んじゃってる側面はないんですかね。その自分のリミットっていうか…
奥村:あると思うんですけど、僕がアダムぐらいになろうと思うと、それじゃダメで、しっかりこう自分をコントロールしていく方が、自分の性格的にも合ってる。僕にはそれがいい。
兼原:「9bやっちゃえよ」って言われてできちゃう9bもあるかもしんないよね。でも、優君のアプローチはそれじゃダメなんだよね。
奥村:そうです。それの何があかんかっていうと、そのルートが9bやとしても、そのルートを登るのと9bを登るのはまた別やと思っていて。9bがゴールなら、その1本登って納得する部分あると思うんですけど、それより先に行こうと思うと、ルートじゃなくて、9bっていうグレードを登っとかないといけないんで。この9bが登れて、こっちの9bも登れるってなんないとダメだから。
兼原:俺みたいな凡人クライマーが、どうやって成長してきたかっていうと、例えば、12aなら12aの一番お買い得なやつを選んで、「よし、登った。12登ったんだ」っていう暗示をかけて、じゃあ次12bとかcやろうって。たまたま登れたけど、その「たまたま」を追い求めながら、自己暗示をかけて、そうやってどんどん上げてきた。それは間違いじゃないと思うんだよ。
兼岩:でも、たまたまその12aが登れたからといって、それで上げていってもついてこなくないですか?実力も上がってるから、次のグレードを登っていけるんじゃないかと。
兼原:もちろん、だから、その自己暗示かける。俺12クライマーになったって思うと、その他の12aが自分の範疇に見えるようになるんだよ。
兼岩:それはあると思います。それでもフィジカルがついてくる場合と、ついてこない場合もあるんじゃないか、と。
兼原:それはね、楽しいと思えば、身体は常に動かしてるからついてくる。いろんなクライミング、花崗岩、石灰岩、チャートとか、ボルダー、マルチ、ショートルートとかやってると、やっぱり総合的に上がってくるんだよ。お買い得を目指して、とりあえずグレードを上げよう、と。そういう意味では数字追いかけてた。

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奥村:僕もそうしてたんですけど、「Era Vella」ともう1個9aを登って、「よーし、じゃあ3本登ったから、次9a+行こう」と思ったら、全然ダメで。1回ダメってなると、その楽しい気持ちがなくなるから、どんどんダメになっていって…「ちょっと今のやり方じゃ厳しいな」っていうのがあったんです。
今井:なんか単純な話、その1本のルートに回数をかけるのが好きじゃないとか、そういうのもあるのかな。
奥村:なんで回数をかけるかっていったら、やっぱり自分の力以上のものをやろうとしてるからで、自分以上のものを登ろうと思うと、姑息な技っていうか、工夫が必要やと思うんすよ。自分に合ったムーブを見つけたり、そういうところが僕にはあんまりなくて、どっちかって言うと、「自分の持ってるものだったら、これは登れるよな」っていうのを、バンバン登っていくのが得意で、ずっとそれをやってたんです。どちらかっていうと作業的っていうか、「登れる。はい、じゃあ、次行く」みたいな。で、それで気づくこともあるんですけど、やっぱり手の持ち方とか、足の置き方とか、ムーブの構成とか。なんか、そういう小さい視点では色々気づけるんですけど、もうちょっと広く見て、その課題を登りきるって考えた時に、全然引き出しがないんです。例えば、こう何回も打ち込む人やったら、大体何回目にはこうなって…ていう展望が見えると思うんですけど、僕にはその能力がないんで、そこが今一番の課題だと思ってます。だから、こうハングドッグの質を高めたりっていう…
兼原:でもさ、それは既成ルートで数字を追いかけてるから、そうなるんじゃないかと思うんだけど。例えば、アダム・オンドラの、15dの「Silence」チラっとしか動画見てないんだけど、あのためにさ、こう床でリハーサルしたり、トレーナーがこう脚持ってやったりさ。もうあのラインをめちゃくちゃ解析して、そこに自分を当てはめるために、すごい労力を費やしてるじゃん。初登で自己最難っていう認識もあるんだろうけど、あれはやっぱこう切り拓くっていう作業なのかな、と思う。だから、もし、優君にそういう課題が現れた時に、どういうアプローチをするのかっていうのと、あと、その「Silence」に取り組むアダム・オンドラをどういう目で見てんのかっていう、その2つを教えてほしい。
奥村:それは絶対アダムと同じことします。それを登りきるためには、それが一番近道なんで。今僕がやってるのは、その1本だけ見た時にその取り組み方やったら遠回りかもしれんけど、その先を考えた時にそれができてないと近道じゃなくなるから、後々考えて近道を選んでるつもりなので、自分がアダムだったとしても、やっぱり近道を選びます。一番効率よくて、しっかりこう登っていける。
兼原:だからやっぱりまだ自分は道半ばで、今は結果を追い求めるタイミングじゃないと思ってる。
奥村:そうです。
兼原:そこに対して自分の行動がもう明確なんだよ。

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タイムリミット

奥村:ですけど、そろそろもうタイムリミットが近づいていきます。まあ今回セユーズで1本しか登れなかったんですけど、まあ2本登れてても0本でも、次は絶対9bやらないと。
今井:え、そのタイムリミットっていうのをやっぱり感じてる?
奥村:たぶん今やらないと、一生スポートしかできないんで。色んなことやろうと思うと、その時間が残ってない。
兼岩:スポートのハードルートはいつまでとか決めてるんですか?
奥村:決めてはないんですけど、絶対限界が来るんで。
兼岩:それは気持ちの問題ですか。
奥村:身体ですかね。でも、早いうちに全部やれるのは絶対どれもいいことなんですけど、とりあえず最優先事項はスポートとボルダーですね。
兼岩:あれ、優君今いくつでしたっけ?
奥村:今21です。
兼岩:若い…
兼原:それは素人感覚で、当事者からしたらもうやっぱり…レベルは違うけど、10代の頃とかさ、俺だって焦ってたよ。
奥村:9aがコンスタントに登れるために、2、3年かかったんで、そう思うと…
兼岩:なるほど、1個こう上げてくのにそんなに時間がないと。
兼原:現実だよね。
奥村:でも、そこはフィジカル的な強さと反比例みたいな感じで経験値が上がっていくんで、そのちょうど交差するところがピークだと思っていて。物理的にはなるべく下げへんようにして、やっぱり若いうちからいろんなことやっといた方が…
兼原:そういう優君の考え方とか。アプローチはさ、奥村晃史師匠の影響?
奥村:いや、そうじゃないと思います。聞いたら負けやと思ってるんで。
兼原:それ活字になって、お父さんの目に入っても大丈夫?
奥村:大丈夫です。なんか、やっぱこうなんていうか、全部ひとりでできるのが一番かっこいいと思ってるんで。

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兼岩:でも、近道を求めるんだったら、誰かからコーチングを受けたり、トレーニングの指導を受けた方が近道になるわけじゃない。
奥村:そうです。お金で解決すれば、それはできるんですけど。でも、その一個先に行こうと思ったら、全部自分で知ってた方が、やっぱ自分のことは自分が一番わかってるんで、身体のケアとかそういうのも自分でちゃんと勉強した方がいいんです。
今井:面白いなと思ったのは、やっぱり芽生ちゃんは絶望をまず感じて、絶望を克服して、それがこう完登に至る時にその絶望はなくなって、新しい世界が見える。そういうのがすごい面白いと思ってたんだけど、だんだんやっぱり結果が出なくなると、絶望だけが残ってくみたいな…
兼岩:いつあったんですか、それ?
今井:僕の話はまあいいんだけど、やっぱね、「コブラ(クラック)」とか。まあ、それを克服できないから…それまでは、絶望を克服できてさ、新しい世界に行けてた。
兼原:それで今チャリンコしてるの?
今井:でもね、一方でなんか優君的な考えをどっかで僕も持っていれば、絶望を回避しつつ、クライミングを続けられるんじゃないかな、とも思った。
奥村:自分に合ってるのをやるのが一番いいんですけど、それやと人それぞれになるんで、人それぞれで終わらすんじゃなくて、お互いにこう「それもいいな」「あれもいいな」「自分のはこうやで」っていうのを共有して、いいとこを分かってると、大きい壁にぶち当たった時に、色々引き出しが増えて回避できるんじゃないかと。
兼原:思ったのは、もっとこういろんな経験をしていくと、いい意味で、その絶望の逃げ道ができると思うんだよね。今はセユーズ行って、もうそこだけじゃん、見てるの。でも例えば、ドイツ行ったり、イタリア行ったり、スロベニア行ったり、ノルウェイ行ったりしてると、あっちこっちに自分の頭の中に思い浮かぶルートがいっぱいできてくるとさ、やっぱり1つダメでも、気持ち的に「じゃあ、あっち」って、ポジティブな逃げ道ができてくると、また変わってくんのかなと思って。
小武:それはすごいあると思います、本当に。
兼原:だから、もっと本当いろんなとこ行ってさ、いろんなクライミングをしたらいいと思うよ。
奥村:まだその途中やな。
小武:途中ですね。色々食い散らかす途中…

プロフィール

奥村 優
滋賀県出身のフリークライマー。幼少よりクライミングを始め、国内外の岩場で継続して登る。実家であるKO-WALLで働きながら、1年に何度も海外へ遠征しており、これまでに9a+以上のルートを複数本レッドポイントしている。

小武 芽生
北海道出身のフリークライマー。ユース時代も含め10年以上スポーツクライミングに取り組む。2022年3月にスペイン、マルガレフで Era Vella(8c+/9a 5.14c/d)をレッドポイントするなど、近年はコンペと岩場の両方で活躍している。